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薩摩藩士 有馬藤太

 太陽は、丘上の欅の樹の枝葉に隠れそうになっている。


 騎馬上の男は、半首はっぷり黒熊こぐまの飾りをつけたものを装着している。


 半首とは、顔面を防御する武具である。そして黒熊は、ヤクの尾でつくった房飾りである。

 

 この戦で、薩摩は黒、長州は白熊はぐま、土佐は赤熊しゃぐまを採用している。つまり、どこの藩の指揮官かひとめで判別できるわけだ。


 そしてかれは、釦留めの筒袖上衣の半マンテルにレキション羽織をひっかけ、ズボンには太刀を二刀さし、がっつりしたブーツをはいている。

 鞍に、スナイドル銃をくくりつけてある。


 まちがいない。これが、薩摩の有馬藤太である。


 真夏よりかはずっとマシな陽光をバックにする有馬は、野生児的な精悍さを有している。相貌かおは陽にやけていて、なかなかのイケメンである。サーファーっぽい感じもする。


 なんとなくだが、女性関係でやんちゃっぽい気がする。


 いやいや。これは、イケメンにたいするおれのやっかみなのかも。


 俊冬が、門のすぐまえでまっている。  

 案内のために先頭をあるいていた俊春が俊冬の横に並ぶと、二人揃って局長と副長のまえで地に片膝をつき、こうべをたれて控える。


 その双子の大仰なふるまいは、ひとえに、局長と副長が「眠り龍」と「狂い犬」を服従させているというイメージを強くするためである。


 もちろん、敵に対してである。


 騎馬上の指揮官は、それをみるとすぐに下馬した。隊の兵士たちに掌で合図を送ってから、局長と副長のまえまでやってきた。

 一呼吸おいてから、黒毛頭を下げる。


 内心、驚いてしまった。

 自分たちのほうが有利な状況できちんと礼をとるなんて、なかなかできることではない。


「大久保隊長、東山道総督府の斥候を務められます有馬藤太殿でございます」


 俊冬は、地に片膝ついておもてをふせたまま紹介する。


「薩摩藩有馬藤太でごわす」


 テノールのめっちゃいい声である。


大久保大和おおくぼやまとと申します。こちらは、副隊長の内藤隼人」


 局長が名のり、副長とともに一礼する。

 

 局長は、大久保剛と名のっていたが、大久保大和にいつの間にかかわっていた。もっとも、どのようにかわろうとも、みなが局長としか呼んでいないので関係ないのだが。


「あたがたがこちらに滞在しちょっ事情は、二人からきいちょります」


 有馬は、姿勢を正すとそう告げつつ視線を双子へとはしらせる。


「御心配にはおよびもはん。連れちょっ部下は、すべて薩摩兵じゃ」


 それから、にいっと笑ってつけ加える。


 双子は、新撰組であることはいっさい告げず、流山へは幕府の部隊の一つとして、鎮撫のために訪れていると話をしているはず。


 っていうか、有馬のいまの様子から、かれも双子のことをしっているというわけだ。


「戦う意志はなっ、わが方ん求めに応じ、出頭いただけっちゅうこっで、まちげあいもはんか、大久保殿」

「まちがいありませぬ」


 局長はまったく臆することもなく、堂々と返答する。


 両者のやりとりに、事情をまったくしらぬ新撰組うちの隊士たちのほうが、かえって動揺している。


 有馬は、陽にやけた相貌かおを空へと向ける。太陽の位置を確認してから、またにいっと笑って独りごちる。


「はんときほど休憩したとしてん、問題はなかよな」


 それから、視線を局長へと戻す。


「じつは、今朝から呑まず食わずじゃ。水でもちそうしていただくれば助かっとじゃが」

「無論です」

「おそれながら、蕎麦の準備をしております」


 局長がおおきくうなずと、俊冬がいまだおもてをふせたまま告げる。


「蕎麦じゃしか。そんたよか。馳走になりもんそ」


 有馬は、掌をうって喜んでいる。かれだけではない。かれの部下たちも、相貌かおにうれしそうな笑みを浮かべている。


 マジで呑まず喰わずとは。敵は、どんだけストイックなんだ。


 島田が兵士たちを大広間に案内し、そこで蕎麦を喰ってもらう。

 有馬は、単身局長の案内で書斎に通された。


 いくらこちらに戦意はないといっても、あくまでも口でいっているだけである。それなのに、部下の一人も連れず、のこのこついてくるなんて・・・。


 有馬はそれだけ神経が図太いのか、人がいいのか・・・。

 それとも、闇討ちされても撃退する自信があるのか・・・。


 部下たちも、気が気ではないだろう。


 一応、島田と中島がつきっきりで接待するといえど、新撰組われわれのほうが数はおおい。喰ってる途中に、襲うなんてことはあるあるだ。

 もしかして、部下たちも示現流の達人ばかりで、くわえて銃もあるので、なにがおころうとやりすごす自信があるのだろうか。


「うめ。こげんうめ蕎麦ははじめて喰うた」


 有馬は、胡坐をかいて一心不乱に蕎麦をかっこんでいる。

 すでに二杯目。どんだけ飢えてるんだ?っていいたくなる。

 

 偵察ではなく、食事をたかりにきたみたいだ。


 太刀二振りは、左太腿の側に置いている。銃は、馬の鞍にくくりつけたまま、もってきていない。

 

 かれは居合の達人である。かりにおれが斬りかかったところで、神速の抜刀術であしらわれるかもしれない。


 局長は上座に。副長はその左斜めまえ。おれは廊下側、つまり局長の右斜めまえに座している。

 廊下側のほうが、襲われる可能性が高い。ゆえに、一番下っ端のそのまた下っ端の、も一つおまけに下っ端のおれがここに座っているわけである。

 

 これは、秘書検定にでてきそうなシチュエーションであろう。


 取引先の重役とその部下を、部長と係長と三人で接待します。座敷で座る位置は?そのあと、タクシーで移動します。タクシーの座席はどのように座る?みたいな。


 それは兎も角、有馬は局長の真正面、4~5mほどはなれて胡坐をかいているわけである。

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