いよいよやってくる
「あいにく、局長の佩刀はついぞみたことがなく・・・。得物じたい抜かれたのをみたのは、先夜がはじめてでございましたゆえ」
「ああ?たま、おまえらなら鞘のなかに入ってても透けてみえるんじゃねぇのか?」
「エスパーじゃあるまいし、それは無理でしょう」
副長の無茶ぶりに、思わずツッコんでしまう。
が、よくよくかんがえたら、双子は他人の心中をよみとれるんだ。透視やテレキネシス、テレポーテーションだってできるんじゃないのか、って思ってしまう。
「いいではないか、歳。この後、刀じたいもてなくなるのであろう?「虎徹」と信じて敵と死闘を繰りひろげるのなら兎も角、蔵に眠るだけならば、たとえ贋物であったとてだれかが傷ついたり傷つけられたり、ということはないはず」
局長が、シメてくれたっぽい。
その結論は、ずいぶんと前向きっぽいというか、いいように解釈しすぎているというか、兎に角、イマイチ腑に落ちないのだが。
「どうした、ぽちたま?」
局長が双子に尋ねている。てっきり、話題をかえるためかと思った。が、双子をみると、マジな表情で、集中している。その双眸は、どこかとおくをみているようだ。
「馬の嘶きが・・・」
「鉄と火薬のにおいが・・・。数はおおくありませぬ。おそらくは、斥候かと」
耳をすましている俊冬につづき、俊春が鼻を宙に向けて告げる。
俊春の脚許にお座りしている相棒と、視線があった。このときばかりは、おれの緊張を感じ取ったのか、いつものような「ふんっ」はせず、しっかりと視線を絡ませてくる。
それがかえって、おれを不安にさせる。
斥候・・・。
双子が察知したのだ。まず、まちがいない。
ということは、有馬がやってきたわけだ。
有馬藤太は、薩摩藩士である。戊辰戦争においては、香川敬三率いる東山道総督府の斥候を務めている。
剣は飛太刀流という流派を学び、かなりの腕前らしい。抜刀術を得意とする。
かれは、たしか大正まで生きたかと思うが、その80年以上の人生のなかで一番有名なのが、流山で新撰組を包囲し、局長を越谷まで連行したことであろう。
その後、この戦で活躍するも、明治期にはそこまでぱっとしたことはしていない。西南戦争においても、西郷隆盛側に加わろうと挙兵するも失敗し、拘束されている。
民間企業に就職したり、満州に渡ったりと、ひかえめにいっても地に足をつけた生き様ではない。
80代後半で、東京で他界したと記憶している。そうそう、かれは、「幕末四大人斬り」の筆頭「人斬り半次郎」こと半次郎ちゃんの親友であるらしい。
てっきり、明日やってくるものと思っていた。が、さすがは斥候である。かれの味方らが三方面にわかれて陣を敷きおわるまでに、斥候として様子をうかがいにきたのだ。
小隊らしい。ということは、マジで様子見なわけだ。ゆえに、いまやりすごせば、翌日までなにごともなくすごせる。
そう。今夜一晩、すごせるのである。
しかし、局長はそうはかんがえなかった。双子に、有馬率いる斥候兵たちを丁重にでむかえるよう、命じたのである。
さしもの双子も、その性急すぎる命に戸惑い、そっと副長に指示を求めた。が、副長はなんともいえぬ表情で、かすかにうなずいただけである。
双子は、いつもの粗末な着物から軍服に着替え、命令どおりでかけていった。
母屋の広間に全員が集められたのは、双子がでかけてしばらくたってからである。
局長は、上座で副長と並んできっちりと正座し、背筋をピンと伸ばして全員が座るのをまっている。子どもらもきている。
局長は、これもまた奥様メイドであろう。近藤家の家紋「丸に三つ引き紋」の着物と袴を着用し、髷も結いなおしている。
大人も子どもも、局長と副長の全身からにじみでているマジなオーラに、不安気な表情で座っている。
全員がそろったところで、局長はいまの状況を説明した。敵が、隊を三つに分け、すぐそこまで迫っていること。それから、その斥候兵が間もなくやってくるであろうこと。
局長は、そこで言葉をとめた。居並ぶ一人一人の相貌をゆっくりと見まわし、視線をあわせてゆく。
みな、一様に驚いているようだが、辛抱強く話のつづきをまっている。
「ある者のおかげで、事前に情報を得ることができた。ゆえに今朝、ほとんどの隊士を離脱させることができたわけである。新撰組だけでは、とうてい敵と戦えぬ。大恩ある会津へゆき、ともに一矢報いるまで、新撰組はできるだけ力を温存し、被害をすくなくせねばならぬ。敵は、ここに幕府に属する一隊がいるということを、すでにしっている。連中の目的は、朝敵を根絶やしにすることだ」
朝敵・・・・・・。
無念きわまりない一語を、局長はわざと用いたのだ。
「いかに三十名程度であろうと、敵はみすごさぬであろう。ゆえに、武装解除の上、わたしは出頭するつもりである」
「なにゆえです?」
幾人かが叫ぶ。
「出頭し、事情を説明してまいる」
「事情を説明とは・・・。新撰組の局長とばれれば、事情もへったくれもありませぬ」
中島が気色ばむ。
まさしく、核心をついている。
中島だけではない。みな、おたがいの相貌をみあわせている。




