局長と「虎徹」
「どういうことだ?「虎徹」はどうしたんだ、かっちゃん?」
「「虎徹」は譲った」
「はああああ?」
双子も後片付けの掌をとめ、局長と副長をみている。
「甲州に進撃する際に、資金の足しにと思ってな。商家を訪れ、資金援助を頼むついでに譲ったのだ」
「なんてこった・・・。あんた、あれほど愛着のあった「虎徹」を・・・」
さすがの副長も、言葉がないらしい。
「同道してくれていた島田君にもとめられたし、相談していた斎藤君にもとめられたのだが・・・。どうせ、思いっきりふれぬのなら、「虎徹」も気の毒だと。それで決意したのだ」
「いや、それはちがうだろうが・・・」
「というのは、建前だ。正直なところ、あのときはすこしでも資金がほしかった。まさか、会津侯からいただた刀を、というわけにもゆかぬ」
局長はさらりといっているが、心中はどうだろう。
「「三善長道」は、「会津虎徹」と呼ばれておる。なんらかわりはない。のう、俊春?おまえは気がついたであろう」
問われた俊春は、いたたまれないような表情でこくりとうなずく。
「ここだけの話であるが、譲った「虎徹」も本物かどうか・・・」
「はああああ?」
衝撃の一言に、副長と二人でちからいっぱい叫んでしまった。
「いや、わたしはそうだと信じているのだが、斎藤君でも真贋はみきわめられなかった。「池田屋」で、刃こぼれ一つせなんだので、疑ってもいなかったのだが・・・」
だが?
「池田屋」では、超絶ハードな死闘を繰りひろげている。それが現代で伝えられているだけなら、さまざまな創作もあいまって、盛りすぎだろうとなるかもしれない。が、そのすさまじさは、実際に永倉や沖田からきいている。ゆえに、マジで凄まじい戦闘だったわけだ。この戦闘で、ともに戦った永倉の刀は折れ、沖田のそれは修復不可能であった。
それが、刀も遣い手も無傷だったのだから、本物と思うのも当然のことであろう。
しかし、局長ほどの剣士ならば・・・。
「まぁかっちゃんの腕前なら、たとえそこいらのなまくらであっても、最上の得物になるだろうがな」
おれのかんがえにかぶせ、副長がつぶやく。
そう。ひとえにそこ、なのである。だからこそ、真贋の判断がむずかしい。
ちなみに、「虎徹」もまた、沖田の佩刀といわれている「菊一文字」同様大名クラスでないと所持できない、高価で貴重な刀である。
実際、沖田は「菊一文字」を所持していなかった。が、俊春と勝負したご褒美がわりに、会津侯から下賜されたのである。
雑談のなかで、おれが双子に沖田の刀のことを話した。双子は、所持している人物を突きとめ、会津侯の資金でゆずってもらったというわけだ。
嘘や創作の産物とまではいかずとも、伝えられているとおりになったのである。
それはそれで、感慨深いものがあった。
「だが、なんとなくだが、誠のものではないような気もするのだ。もっとも、わたしはそうと信じているから、それでいいかなとも思っている」
「ちょっとまて、かっちゃん。そうと信じて振ってきたってことは、いいとしよう。たとえ贋物であったとて、それはそれでかっちゃんの腕がいいってだけのことだ。だが、それを譲るってことになると、話はちがってきやしねぇか?」
副長のおっしゃるとおりである。
贋物を本物と思い込んで遣い、とくに支障がなければ問題はない。しかし、贋物をしれっと譲ってしまうのは、ぶっちゃけ詐欺である。
「なにゆえだ?」
局長は、きょとんとしている。
「なにゆえって、きまってるだろうが。贋物を本物と偽り、ゆずってることになるんだぞ」
あの副長が、犯罪を告発している。マジで、驚きでしかない。
「人聞きの悪いことを申すな。真贋はわからぬ。もはや、だれにもわからぬ。すくなくとも、わたしは本物だと信じ、ずっと遣ってきた。贋物と証明されていない以上、偽ったことにはならぬ」
法廷で被告人の弁護をする刑事弁護士のごとく、右に左にあるきつつ持論を展開する局長。
まぁたしかに、それもそうかも・・・。
だが、なにか根本的にちがう気もする。
「お宅の隣人は、地球人を殺しにきた地球外生命体だ。殺られるまえに殺れ」、と神かなにかの声をきき、凶行におよぶのと似てなくもない。
「それに、あくまでも譲ったのであってうりつけたわけではない。「虎徹」を譲るかわりに資金を、というわけだ。いわば、質みたいなものだな」
「それで、いくら援助してもらったんだ?」
腰に掌をあて、鼻息荒く詮索する副長。
「さあて・・・・・・。そういうこまかいことは、島田君にまかせてあったからな」
しれっとかわす局長。
「なんてこった。ぽちたま。おまえらのみたては、どうなんだ?」
副長の矛先が、後片付けを再開した双子へと向けられる。




