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神聖なる刀研ぎ

 ちょうど蔵の一つが、あいている。なんと、なかの一部に畳が敷かれてあり、梯子段までついている。ロフトっぽい上の階にも畳が敷かれてある。

 

 一つだけあるイチョウ型の窓から、昨夜いった小高い丘の欅と、空の一部分がうかがえる。


 入ったところが土間っぽいので、そこをキッチンにリフォームすればいい。トイレと風呂は、母屋のを借りればいい。

 夏は蒸し暑いだろうか?冬はかなり寒いはず。ならば、エアコンも必要だろう。

 庭で、素振りやワークアウトをすれば、運動不足解消にちょうどいい。


 駅チカだとして、ここから東京まで1時間もかからないはず。だったら、通勤圏内だ。

 これで家賃が水道代や共益費込みで7万円までなら、ぜひとも住んでみたい。


 まぁ、そんな価格では無理だろうな。


 そんなおれの部屋探しは兎も角、その蔵の土間で、刀研ぎをおこなうことになった。


「本来なら、じっくりおこなうものです。最低でも、二十日はかかります。長刀ですと、三十日はかけます。なれど、これだけの数をこの二時(四時間)でおこないますので、単純に研ぐだけにとどめます。それでも、ちゃんと斬れるだけのものにはなりますので」


 俊冬の説明に、局長や副長、隊士たちは『ほーっ』と感心している。


 双子は、薪割り台がわりにつかう大木を椅子がわりにならんで座り、さっそくはじめた。


 まずは刀の柄をはずし、それから研ぎに入る。集めた砥石を使い分け、丁寧に研いでゆく。


 その神聖ともいえる研ぎに、だれもが声もなくみまもっている。


 研ぎはじめると、刀身が黒い研ぎ汁にまみれて黒くなったり、前回の研ぎの刀紋がなくなって白くなったりする。それから、さらに研いでゆく。すると、蔵の窓から射し込む陽光によって刀身はさまざまな色をみせてくれる。


 双子が研ぎあげた刀を水平にかざし、刀文をみせてくれた。


 刃文とは、熱した刀身を水につける焼き入れ時に、急速冷却されることで鋼の成分が変化してできる、「にえ」や「におい」といった細かな粒子で構成されている。

 

 刀文には、形によっていくつか種類がある。

 大別すると、まっすぐに刃が入る直刃すぐはと、波打ってみえる乱刃みだればである。

 さらには、乱刀のなかに互のぐのめ丁字ちょうじや湾れ《のたれ》といった種類がある。


 俊冬は、そういったことを実際にみせてくれながら説明してくれた。


 異世界の研師の知識は、とんでもない量と質である。しかも、スキルもすごい。手際がいいので、二人ともつぎからつぎへとこなしてゆく。


 その作業過程をみていると、心が洗われるようである。それこそ、自分のちょっとした悩みまで研いでくれているのではないか、と錯覚を起こしてしまう。


 双子自身のもふくめ、すべての刀を研ぎおわったのは、予告どおり四時間ほど後であった。


「斬れあじを試してみたいものだな」

「巻藁があればのう」


 みな、刀をかえされると、抜き放ってリニューアルされた自分の刀をみている。


「ちょっ、なんでおれをみるんです、たま?」


 じとーっとこちらへ視線を向ける俊冬に、思わずいってしまう。


「巻藁では、やはり感触がちがうからな。やはり、本物でないと」

「さよう。そこはやはり、本物の人間ひとでなくば」


 隊士たちが持論をぶちつつ、いっせいにこっちをみる。


「ちょっ・・・、なにゆえです?みなさん、なにゆえこちらをみるのです?まさか、おれで?」

「兼定の散歩係から試斬役とは、昇進ではないか、ねぇ、副長?」

「中島先生。それ、ちがいますよね?たしかに、試し斬りする役だったらカッコいいかもしれませんが、試しに斬られる役っていうのは、昇進ではありません。ってか、一回こっきりの限定版。レアな役回りじゃないですか。ってか、処刑か暗殺か辻斬りみたいなものですよね、それ?」


 だれかが笑いだす。すると、みるまに伝染し、みな笑っている。子どもらも、ゲラゲラ笑っているし、相棒もケンケン笑いをしている。


 局長も、豪快に笑っている。


 いじられるのはビミョーだが、この雰囲気は尊すぎる。

 これが明日も明後日も、一週間後も一か月後もつづけばいい。いや、つづいてほしい。


「ぽちとたまが研いでくれたのだ。試す必要もあるまい。それに、わたしたちにとって、主計は必要な男だ。みな、あまりいじるのではない。ときどきにしておけ」


 局長が、笑いながらいってくれた。


 めっちゃ感激である。


「わたしたちにとって必要な男だ」


 すべては、この一語に尽きるであろう。


 この際である。その後の、「いじるのはときどきにしておけ」、というところはスルーしておこう。


 みながそれぞれ引き取った後も、局長は満足げに自分の得物をしげしげとながめている。


 俊春の見立てが正しければ、「三善長道」を、である。


「あの局長・・・・・・。さしでがましいようなんですが、局長の佩刀は「虎徹」かと思っていたのですが・・・。それは・・・」


 みながいなくなったし、ちょうどいいタイミングである。疑問をぶつけてみた。


「あぁ、これは「三善長道」だ。会津侯から拝領されたもの」


 その回答に、背を向け母屋のほうにあるきかけていた副長が振り返った。

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