調達の算段
あの夜の事件から二日後、安静の状態からやっと解放された。
寝間着から着替えようとして、はた、と考える。
着る物がない、と。
またしても、副長の着物をだめにしてしまった。今回は、血液の付着どころの話ではない。背中をド派手に斬られてしまった。もはや繕う、などというレベルの問題ではない。
「相馬君、これでなにか見繕ってくれ」
困っていると、勘定方の岸島がやってきた。
胸元に着物を抱え、その着物の上に金子をのせている。
「副長から頼まれた。これは、副長の着物。それから、これは着物代・・・」
岸島が、部屋のなかに入ってくる。
そのとき、寝間着姿で室内をうろうろしていた。岸島は、おれと向き合うともっていた着物と金子を手渡す。
岸島は、生真面目な男である。年のころは、三十代後半くらいであろうか?眼鏡をかけている。それがまたよく似合っている。細面で、体躯もまた細い。一応、得物を帯びてはいるが、とても振りまわすような体力はありそうにない。
会計面で隊を支える、まさしく、算盤の似合う男である。
「原田先生の奥方に、会ったことは?」
岸島に問われ、頸を左右に振る。
何度か話にきいてはいるが、実際に会ったことはない。
「話は通してある。店にゆけば、適当にみつくろってくれるであろう」
なんと、ひどく断片的な話ではないか。
岸島は、こちらがある程度理解していると思っている。
そこで、まだぼーっとした頭を駆使し、記憶の糸をたどってみる。
原田の奥方・・・。そうだ、たしかまさ、といったはず。
そこまで思いだすと、するするとでてくる。
商家の娘。原田のほうが惚れ込んだ。通常は、武士が商家の娘と一緒になるのは大変だ。が、まさの実家は、御家人株をもっていた。ゆえに、原田と一緒になることができた。
そうか・・・。まさの実家は呉服問屋だったのか・・・。商家、としかウイキペディアにはなかった。それが、呉服問屋だったわけだ。
「わかりました。が、おれは、原田先生の奥方のご実家がどこにあるかはわかりません」
「いいよ、主計さん。連れていってあげても」
そこに、救いの掌が差し伸べられる。
市村、田村、玉置、そして、井上の甥っ子の四人。
市村と泰助が部屋に入ってきた。田村と玉置は、庭でお座りしている相棒をみている。
「そうだな・・・。うどん。うどんでいいよ、主計さん?」
「なにを申しておるのだ、市村?副長から案内するよう命じられているはずであろう?それを、たかるとはどういう了見だ」
岸島が呆れたようにいうと、市村は、あきらかに残念そうな表情を浮かべる。
「ちぇっ!岸島先生、ひどいや」
「ひどいのはどちらだ?相馬君、このいたずら小僧どもには、くれぐれも気をつけたまえ。こいつらが案内してくれる。身ぐるみはがされるまえに、いってきたまえ」
苦笑とともに与えられたアドバイス。
さっそく、そのアドバイスに従うことにする。
いたずら、たかり小僧どもと相棒を従えて・・・。