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寝覚めはわるいがしょうがないよな

 大石らは、たしかに油小路でおねぇを暗殺した。

 ただ、それは俊冬演じるおねぇである。

 

 本物は、愛妾的存在の花香さんと、愛娼的存在の坂井とともに、どこかでひっそりと生活し、マッパで句作でもしているにちがいない。


「大石は、よほど困窮したのでしょう。薩摩に駆け込んでこの戦に参加し、そのままあたらしい世で過ごしている元御陵衛士の加納さんを頼り、そのまま捕縛されたといわれています。いまから二年半ほどさきの話です。真実をしらない加納さんが、おねぇの仇を討ちたいと思い、大石を売るのは当然のことです」


 だが、本当は生きている。いくらいけすかない大石といえど、生きているおねぇの殺害容疑で斬首というのも、寝覚めが悪い。

 

 しかし、いまさら生きているともいえない。それに、信じてもらえるわけもない。


「気にするな、主計。おまえのしるとおりになるとは、かぎらぬ。そうであろう?運がよければ、おねぇ派のだれかが、うまくやってくれるかもしれぬ」


 島田に肩を叩かれた。その励ましの言葉に、副長と双子がちいさく笑声をもらす。


 やはり、島田は気がついていたのだ。


 あのときのおれや永倉や原田、斎藤の必死の演技は、かれにバレバレだったわけだ。


 もっとも、島田はそのおなじ場所で死んだはずの藤堂が生きていることをしっている。おねぇのことも、バレてて当然か。

 それに、島田は双子並みに気配り上手でもある。周囲の様子や変化には、人一倍敏感だ。


 副長、それから双子をみると、三人とも苦笑している。


「たしかにな。大石の野郎に、運があることを祈るばかりだ」


 副長もまた、おれの肩をたたいてくる。とはいえ、軽く、である。


 そのタイミングで、向こうのほうに人影があらわれた。二人ずれで、どちらも桶のようなものを両掌にさげている。


「しまった。ぽち、馬の世話をおしつけてはだめではないか」


 人影を認めたのは、おれだけではない。俊冬は、副長ばりに眉間に皺をよせ、弟をにらみつける。


 人影は、久吉と沢である。どうやら、流山まで荷車をひっぱってきた馬たちのために、飼い葉を運んでいるらしい。


「はぁ?なんと申されました?最近、すっかり耳朶がとおくなりましてな」


 ソッコー、俊春は指が三本しかないほうの掌を耳にあて、兄貴にかえす。


「ほう・・・。そいつは超ウケ(・・)るな。主計、こういうふざけたことを、そのように申すのであろう?」


 俊冬は、さらに眉間の皺を濃くする。


「耳朶がきかぬわたしに、きこえるわけがありませぬ」

「馬鹿で弱虫のちび助め」


 俊冬は、さらにやり返された。すると、かれはほとんどきこえるかきこえぬかのちいささで、口のなかでもごもごとつぶやく。


「馬鹿で弱虫でちび助ですと?ちび助とは、ききずてなりませぬ。兄上とわたしの背丈は、さほどかわらぬではありませぬか」


 気色ばむ俊春。


「わかっておるのではないか、ちびの馬鹿たれめ。はやくいって、おまえがやるのだ」

「ちびちび、と・・・。馬鹿と弱虫は我慢できるが、ちびは我慢なりませぬ」


 ちびって、気にしてるんだ、俊春。ってか、馬鹿と弱虫はいいんだ。


「まて、ぽちたま。久吉と忠助に用がある」


 副長は双子をおしとどめると、すぐに久吉と沢の名を呼んだ。すると、副長と気がついたのであろう。二人は、小走りに駆けてきた。


「副長、御用でしょうか」


 二人は副長のまえに並び、飼い葉桶を脚許に置いてから腰をおって辞儀をする。


「すまぬな、二人とも。話があってな。すぐにすむ」


 二人とも、にこやかな表情かおで副長の話をまっている。


「京から流山こんなところまで付き合わせただけでなく、ちょっとまえには静寛院様の使いで京に上ってもらったりと、本来の務め以外のことまでさせちまって、悪かったと思ってる」


 二人は、たがいの相貌かおをみあわせている。

 

 その二つの表情かおには、「なんだ、このやさしい言の葉は?なにかとんでもないことを頼まれるんだろうか」って、あきらかに不信感が漂いまくっている。


「主計っ!ああ、悪かったよ。やさしい言の葉の似合わぬ男でよ」

「す、すみません。そんなつもりでは・・・。ってか、副長、おれの表情かおをよまないでください」

「なら、そのわかりやすい相貌かおにほっかむりでもして、隠しときやがれ」


 そんな無茶苦茶な。これぞまさしく、パワハラってやつだ。


「おまえらもしってのとおり、敵がすぐそこまで迫ってる。分宿してる隊士たちが会津に向けて出発した後、おれたちも出発する。これからさきは・・・」

「承知しております、副長。荷車も馬もとうに準備が整っております。この飼い葉で、馬たちもしばらくはゆっくり喰えぬやもしれませぬゆえ、すこしおおめにと思っております」

「わたしら自身も、いつでも出発できますゆえ。おお、そうでした。局長と副長のお荷物を・・・」


 沢につづき、久吉が腰を折りつつ言葉を継ぐ。

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