大石鍬次郎のその後
「驚いちまったが、あいつも、いざというときはしっかりするであろう。ぽち・・・」
「お任せを。主計は兎も角、かれのことは、なにがあっても護り抜きます」
「ちょっ、ぽち。おれのことも、護ってくれねば困ります」
「そうだな・・・。半年ほどかんがえさせてくれ」
ひどい・・・。
相棒は、こんなひどい男のことを・・・。
そこで、はたと気がついた。そうか、おれが死ねば、俊春は相棒を独り占めできる・・・。
なんか、ドロドロの愛憎劇になってきてやしないか?
「大石とは、ひさかたぶりにきく名だ」
おれがサスペンス劇場チックになっていると、島田の問いが耳に入ってきた。
どうやら島田は、おれのことより大石ことのほうが気になるらしい。
もっとも、島田だけでない。大石のことは、おれも気になる。
なにゆえ、いまこのタイミングでその名がいきなりでてくるんだ。
「なんやかんやで、報告を失念しておりましたが・・・。じつは、まだ五兵衛新田にいた際、江戸の町中で大石先生をみかけたのです。女子と童が、いっしょでした」
俊冬の報告に、副長と島田は相貌をみあわせている。
大石は、われわれが「甲陽鎮部隊」として甲府に出撃した際、敗走するなかで自分がすこしでもはやく逃げたいがために、手下を斬り捨てたのである。パニック映画にでてくるような、自分が助かるために他人を蹴落とし犠牲にするってやつである。
その大石の残虐非道な行為を、島田が目撃していた。
そのことは、双子のしるところでもあった。
結局、俊冬が暗殺するまえに、局長がそれに気がつき、放逐したのである。
それまでにも、大石はいろんなことをしでかしている。本来なら、とっくの昔に詰め腹をきらされたか、暗殺されていた。
この戦が、かれの生命をつなぎとめたのである。人員の不足、士気の低下、もろもろの事情から、処分を保留にされていた。
局長の度量のひろさもあって、というのもくわえておこう。
「調べましたら、妻子でございました。無論、潜伏しておりますゆえ、金子のあてもなく、大石一家は喰うのもままならず、餓死寸前という状態で・・・」
「やつに妻子があったとは・・・。徴募の際、一言もいってなかったし、京で給金を渡しても、すぐに使い果たして会計方に前借りしていたはずだ。仕送りをしていたのか?だったら、おれはまったく気がつかなかった」
副長はきれいな指を顎にあて、京でのことを思いだしている。
「副長。大石は、一度たりとも仕送りはしておりません。ご内儀が、おさなき子を食べさせるだけでもと、針仕事の内職をしていたそうです。その内職も、此度の戦でなくなったようで」
「つくづく、最低な男だな」
他者の悪口をいうどころか、悪く思うこともないんじゃないのか、と思えるほど裏表がなく、いい人間である島田が、吐き捨てるようにいう。
「誠に勝手ながら、われらでもちあわせておりました幾ばくかの金子を、ご内儀に渡しました。局長からの心づけということと、大石には受け取ったということは内密にするよう、言の葉を添えて。焼け石に水でしょうし、あの金子でいったい、どれだけ喰いつなげるかはわかりませぬが・・・。さしでがましいことをいたしました。申し訳ございません」
俊冬がいい、双子は同時に頭を下げる。
「いや。よくやってくれた、ぽちたま。放逐されたとき、おれはいなかったが、かっちゃんからきいてる。じつは、かっちゃんも気にしてた。なにより、妻子にゃ罪はねぇ。礼をいう」
「つくづく、できた男たちだな」
副長につづき、島田が涙ぐみながらつぶやく。
そういえば、京にいる時分から、双子は、理由いかんにかかわらず、死んだ隊士の遺族に自分たちの給金を送っているときいた。遺族の居場所を調べて、である。
そのことをしった局長と副長は、自分たちのポケットマネーも託すようになったという。
正直、なかなかできることではない。
「大石が処刑されることは、主計からきいております。いずれにしても、いましばらくは妻子も苦しい日々をすごさねばなりませぬ」
善行を誇ったり驕ったりするわけでもない。当然のことのように、妻子のことを案じている。
無欲で他者を思いやる。
おれには絶対に無理だ。
「大石の処刑後、詮議を怖れて息子は名をかえます。たしか、鼈甲職人として、店をかまえたと、ウィキに載っていたかと。もとい、そういう情報をみたことがあります」
そうか、と副長も島田もうなずく。
当人が斬首されるのは、運命以上に自業自得な面もあるから、ある意味仕方がない。
が、苦しんできた子の将来は、ちゃんとある。
副長も島田も、そのことに安堵したのであろう。
「それで、大石は新撰組だったからという理由で処刑を?」
島田が、ふとい指先で目尻にたまる涙を拭いつつきいてきた。
たぶん、泣きそうになっている照れ隠しなんだろう。
「いいえ。最初は、坂本さんの暗殺の嫌疑をかけられ、ずいぶんと厳しい詮議を受けるようです。それに耐えかね、一度は自分がやったと自供するみたいです。が、それもすぐに見廻組がやったとくつがえします。まぁ、そこは間違ってませんので。結局、斬首される容疑は、おねぇ殺害です」
「ならば、それも間違ってはいないな」
島田は、苦笑する。
そうだった。島田は、おねぇ暗殺チームに参加していなかったのだ。
正確には、おねぇを暗殺するようにみせかける計画である。




