子どもの勘と大人のイマジネーション
「よし。では、なにがいいか探してみよう」
五兵衛新田の金子家ほどではないが、永岡家にも書庫がある。
「ふふっ。残念だな、利三郎。さっき、書庫をみせてもらったが、春画はなかったぞ」
思わず、嫌味を投げつけてしまう大人げないおれ。
「おれは、イマジネーションが超すげぇからな。ゆえに、春画などなくってもアイキャンドゥイットってわけだ」
なんてことだ・・・。いきなり、セクハラっぽい発言をかましてきた。
「なら、二人のことは局長にまかせて、おれは自分の部屋でイマジネーションを働かせてハッスルしてくるとしよう」
おいおい、上司に子どもらの面倒をおしつけ、自分は部屋で人目をはばかることをするってか?
野村よ。おまえ、絶対に死なないよ。
「それにしても、「いつもだったら物語をよんで」より、剣術とか体を動かすようなアクティブ派なのに、どういう風のふきまわしだ?」
子どもらに尋ねてみた。かれらなら、アクティブくらいしっているだろう。
市村と田村なら、文化や時代が極端にちがう中国の物語より、「平家物語」とか「太平記」といった軍記物のほうが、まだ耳を傾けるのではなかろうか。
そもそも、物語りを語りきかせてもらうより、物語りにでてくるようなことを実践したがる、典型的な悪餓鬼である。
それが、局長に物語をねだる?
気味が悪すぎる。
それとも、局長がこっそりおやつでもくれるとでも思っているのか?
「わかりません。なんとなく、いま、局長に物語りをよんでいただかないと、もう二度とその機会がないかもしれないって気がするんです」
「そうだよね、てっちゃん。なんだかわからないけど、小姓として、今日だけは局長の側にいて、すごしたほうがいいような気がしてならないのです」
市村、それから田村の無邪気すぎる答えに、この場にいる大人、いや、野村をのぞいた大人全員が、ショックを受けたことはいうまでもない。
あぁまたしても、おれはとんでもないことをやってしまった・・・。
なにげない質問のはずが、まさか「お子様特有の第六感」にゆきついてしまうとは・・・。
子どもって、マジで勘がいい。事情をまったくしらないのに、なんとなくわかっているのである。
だからこのタイミングで、局長といっしょにいたいということか・・・。
「小姓・・・。そういえば、おまえたちはそんな役割であったな。すっかり忘れていた」
ショックをとりつくろうかのように、島田が苦笑しつついう。
「うれしいではないか、なぁ歳?さあ、おまえたち。書庫にゆこう」
軽快にたちあがると、さっさと背を向け廊下にでていった局長の声が、震えを帯びていたような気がする。
「おい餓鬼ども、局長にわがままいうんじゃねぇぞ」
「はーい」
副長の声もまたじゃっかんかすれている。
子どもらは、それに気がついているのかいないのか?
二人とも、いつものようにだらだら感満載で返事をすると、局長を追ってでていってしまった。
「シーヤ!」
「See ya!」って、ネイティブアメリカンみたいにカジュアルな感じで去ってゆこうとする野村の背に、副長の一喝が飛んだ?
「まちやがれ、利三郎。なにがシーヤだ?そりゃぁ上方の言の葉か、ええ?」
「ああ、「しーや」ですね」
関西弁のイントネーションでいってみる。
「~しーや」は、おもに関西でつかわれる命令形である。だが、いまの野村のはちがう。
「またね、という意味の英語の略語です」
「なんでもいいってんだ、ったく」
よかれと思ってせっかく教えてあげたのに、怒られてしまった。
ひとえに、野村のせいだ。
「利三郎、話がある」
「ええ?あとにしてもらえませんか?」
おいおい、野村。おまえ、まえに自分で自分のことを社畜っていってたよな?
上司にソッコー拒否るなんて、しかも、いまは勤務時間内だ。さらに、その拒否る理由が「勤務時間内に部屋でイマジネーションを働かせ、自分で18禁をかます」である。
モンスター部下のモラハラにセクハラ、ってか?
完璧、コンプライアンスに抵触している。
「利三郎っ!」
副長、キレる気持ちはよくわかります。
叫ぶなり立ち上がり、野村に詰め寄ろうとする副長のまえに、俊冬が立ちはだかる。
「副長・・・。どうか・・・」
俊冬は、視線をそっと野村のほうへはしらせつつ、副長を諫める。つい先日、副長は蟻通を殴ろうとし、俊冬がそれをかばってもろにパンチを喰らった。そのことを思いだしたのであろう。たったその一言で、副長はクールダウンしたようである。
「利三郎・・・。気がついているのだな?」
俊冬は副長にうなずいてみせてから、野村のほうへと体ごと向き直って声をかける。
「話など、ききたくありません。このまますぐ、わたしたちも出立すればよいではないですか?なにゆえとどまるのです?」
驚いた。野村の態度がいっぺんしている。
かれは双眸に涙をため、苦しげに問う。




