突然の離脱命令
「きいたか、ぽちたま?」
副長の呼びかけで驚いてしまった。いつの間にか、双子がおれの背後にあらわれていたのである。
「局長はおやすみになるとおっしゃり、部屋にひきとられました」
俊冬は、副長に告げる。
「さきほどの件は、わたしが探ってみましょう」
振り向くと、俊冬がおれをみつめつつ応じた。もちろん、その隣の俊春もおれをみている。
「弟は、局長に同道させます」
「そりゃぁ心強い。あとは・・・」
「副長、利三郎に命じてください。本来なら、利三郎と村上さんが同道することになっています。ただ、村上さんは途中で引き返すようですが。利三郎と、嘆願書を届けにいって捕まるおれも、処刑されるはずのところを、局長の願いで助命されます。そして、局長の死の後、おれたちは逃げだすわけです」
村上は、村上三郎という大砲役の隊士である。あまり目立つことのない、おっとりとした好青年で、刀や槍より銃や大砲の知識とスキルがある。
「わかった。利三郎にも、百年に一回くらいは危地に飛び込んでもらわねばな。まっ、宮古湾同様、あいつならうまくやりすごすであろう」
そして、副長は、「利三郎、宮古湾で死す」という史実を、かたくなにかえようとする。
だいいち、百年に一回なら、これで一回分消費してしまう。
それこそ、「一生のお願い」や「閉店セール」的に、いつでもやってるのなら話は別であるが。
「ぽち、頼むぞ」
「承知」
俊春は、副長の命をうなずきつつ了承する。
結局、そのあと横になってはみたものの、眠れなかった。
副長は、嘆願書の草案を練っているんだろうなとか、双子は、あいかわらず鍛錬をしているんだろうなとか、なにゆえかどうでもいいことばっかり思い浮かんでしまったのである。
早朝より、分宿してる隊士たちが順番に呼びよせられた。
新撰組の本陣である永岡家で、双子がつくる朝食をいただくという名目である。
「勘吾、雅次郎、俊太郎。少数ずつ組をつくり、一刻もはやく流山から離脱するんだ。道程は、ぽちたまに確認しろ。舟、あるいは徒歩で、それぞれ会津に向かうんだ」
「それはまた急な命で・・・」
蟻通はすでにわかっているものの、尾関と尾形は、たがいに相貌をみあわせ、困惑している。
「ああ、雅次郎。急なことは承知だ。ぽちたまの物見で、敵がすぐそこまで迫っていることがわかった。むこうは、すでにおれたちの存在に気がついてる。はやけりゃ、今日にでも新撰組の喉元に喰らいつけるところまで迫り、陣をはるだろう。そうなりゃ、離脱できなくなっちまう」
「しかし・・・。一戦もまじえず、にでしょうか?」
尾関の疑問はもっともである。
「敵の数、装備・・・。まともにやりあえばどうなるか。かんがえるまでもねぇ。本陣にわずかを残し、急ぎ、向かうんだ」
それでも、尾関も尾形も納得していない。それはそうだろう。せっかく流山までやってきて、その翌日には逃げろというのだから。
「承知。副長、あんたは?」
そこで、蟻通がフォローしてくれた。
「おれは、おまえらが無事発ってから向かう。勘吾、くれぐれも頼んだぞ。雅次郎と俊太郎もだ」
いつにない副長のやさしいもののいい方が、よりいっそう尾形と尾関の疑念と不安をあおったようである。
「あの・・・。なにかあったのですか?いえ、あるのでしょうか?」
尾形がおずおずというその横で、尾関も不安を隠しきれない様子である。
「なにもねぇ。あるとすりゃぁ、敵が予想外にはやくやってくることだ。おまえら、しばらくはぽちたまのうまい飯を喰えなくなる。たっぷり喰って、局長に挨拶して命を実行にうつすんだ」
「さぁゆくぞ、雅次郎、俊太郎」
蟻通が無理くりに二人の背を押し、うながす。
部屋からでてゆく際、蟻通はちらりと副長とおれに視線を向けてきた。
副長は、感謝の意味をこめるかのようように、おおきくうなずいた。
双子が、それぞれの組のリーダーに金子を配る。突然の離脱の命令に、隊士たちも動揺を隠せないようである。
それでも、命令は命令。朝食を腹いっぱい喰い、双子が握った塩むすびとスポーツドリンクもどきの入った竹筒を受け取ると、分宿さきへと戻ってゆく。
「できるだけはやく、この地をはなれるのだ。勘吾、雅次郎、俊太郎。みなを頼むぞ。われわれも、うまくやりすごしてあとを追う」
金子を受け取った蟻通ら四人が、書斎にやってきた。局長は、ここでも永岡家秘蔵の書物をよみふけっている。




