局長と副長の想い
「誠に怪我は大丈夫なのか、かっちゃん?あんたは昔っから、体躯の不調を隠したがる性質だからな」
「歳、おまえに申されたくはないな。案ずるな。法眼の治療と、ぽちたまの世話のおかげで、あれだけ動かしても痛みはない。それどころか、あれだけ動かせたことに、自身、驚きを禁じ得ない。ぽち、たま。あらためて礼を申す」
まえをあるいていた局長のあゆみがとまり、うしろを向くと双子に頭をさげる。
双子は、食事療法、リハビリ、マッサージを、局長におこなっていたらしい。
そういえば、俊冬が「局長が怪我のことを気にしている」といっていた。リハビリの際に、局長がそういったことを漏らしたのかもしれない。
「松本先生の治療もでしょうが、ひとえに、局長の忍耐と努力の賜物でございます。われらなど、お側についていたにすぎませぬ」
俊冬は、ムカつくほど如才なく応じる。
たしかに、そのとおりかもしれない。だが、そのようにもっていったのが双子である。
「かっちゃん。くどいようだが・・・」
それまでだまっていた副長も、うしろを振り向き、たまりかねたように口をひらける。
おれもであるが、局長がいまの勝負で、前途に希望や気力をみいだしたのではないかと、かんがえたにちがいない。
いいや、ちがう。みいだしてくれたと、信じたいはず。
「歳・・・。誠にくどいな」
局長は怪我をしているほうの腕をあげ、副長の頭をごしごしなでる。そのごつい相貌には、苦笑が浮かんでいる。
「歳。それから、ぽちとたま、兼定・・・」
局長は、呼びかけながらそれぞれと双眸をみあわせる。
「おっと、主計」
場の雰囲気をやわらげるため、だと信じたいが、おれと視線をあわせてにっこり笑う局長。
だが、おれはひきつった笑みしか浮かべられない。
やはり、やはり局長の決心をくつがえすことはできないのか・・・。
敗北感と失望感が半端ない。
「あらためて、礼を申す」
局長は深々と頭をさげ、しばらくそのまま頭をあげようとしない。
以前より筋肉の落ちたであろう両肩が、小刻みに震えている。
副長も双子もおれも、ただ突っ立っているだけである。どうリアクションをとっていいのかわからない。
いや、なにもかんがえられないでいる。
願わくば、これは悪夢であってほしい。それが無理ならば、局長はわざとおれたちを驚かせようと、演技をしているのであってほしい。
このあとぱっと頭をあげ、「てへぺろ。やっぱり逃げるよーん」っていって、豪快に笑ってほしい。
「馬鹿野郎っ!なんでだ?なんでなんだよ、かっちゃん?なにが不満だ、なにがあんたを腑抜けにしちまったんだっ!」
ついに、副長がキレた。
局長にちかづくと、両掌で着物の袷部分をつかみ、無理矢理頭をあげさせる。
局長の双眸に、いくつもの大粒の涙が浮かび、肉の落ちた頬を伝って地に落ちてゆく。
その涙に、副長ははっとしたらしい。
一瞬、両掌の力が抜けた。が、気力をふりしぼり、ふたたび局長の袷部分を両掌で締め上げる。
「つかれたんだ。なにもかもに疲弊してしまった・・・。歳。おまえにいいようにつかわれることに、心底うんざりしているのだ。ゆえに、わたしのことにかまってくれるな。おまえは、おまえの気のすむまで好きなように戦い、将来を愉しめばよい。おまえの荷物になるのは、今宵かぎりでごめんだ」
「・・・」
局長は、男泣きしながら訴える。
副長は、キレてることもあってマジにうけとめてしまったのであろうか。いまの言葉を、冷静にうけとめられなかったはず。
これ以上にないほど深く濃く刻まれている眉間の皺が、瞬時にして消えた。同時に、つかんでいた局長の胸元を、あらっぽく突き飛ばす。
局長は、その衝撃でうしろによろけた。
副長は、それを4、5秒ほどみつめていたが、踵を返すとさっさとあるいていってしまった。
その副長の瞳は、こちらがたじろぐほど深い悲しみの色を帯びていた。
双子もおれも相棒も、ただ呆然と副長のうしろ姿を見送るしかない。
「おまえたち、もどるぞ」
局長は、たっぷり時間をおいてから、おれたちに声をかけてくる。
いまはもう、その双眸に涙はない。
局長は、たしかに演技をしていた。
あれは、演技にちがいない。
おれは、そう確信している。
「どうした?」
局長は、うごこうとしないおれたちに、気弱な笑みを浮かべる。
『どうした?』
きまっている。いまのはいったい、なんだったのか?なにゆえ、嘘をついたのか?副長を怒らせるような言葉を、なにゆえたたきつけたのか・・・。
問いたいことはいっぱいある。なににもまして、局長の本心をしりたい。
だが、口にだすことができない。
他力本願ばかりだが、双子がどうにかしてくれぬかと、そちらに視線を送ってしまう。
が、おれの期待に反し、二人とも局長をみつめているだけで、なにもアクションをおこそうとしない。
「おまえたちにもわかっているように、歳にもわかっている。主計、兼定。歳の様子をみてきてもらえぬか?」
「承知。相棒、ゆくぞ」
命令に従うよりほか、ないではないか?
一礼して踵を返すと、両脚を叱咤して小高い丘を駆け下りた。




