表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

661/1255

局長と副長の想い

「誠に怪我は大丈夫なのか、かっちゃん?あんたは昔っから、体躯の不調を隠したがる性質たちだからな」

「歳、おまえに申されたくはないな。案ずるな。法眼の治療と、ぽちたまの世話のおかげで、あれだけ動かしても痛みはない。それどころか、あれだけ動かせたことに、自身、驚きを禁じ得ない。ぽち、たま。あらためて礼を申す」


 まえをあるいていた局長のあゆみがとまり、うしろを向くと双子に頭をさげる。


 双子は、食事療法、リハビリ、マッサージを、局長におこなっていたらしい。


 そういえば、俊冬が「局長が怪我のことを気にしている」といっていた。リハビリの際に、局長がそういったことを漏らしたのかもしれない。


「松本先生の治療もでしょうが、ひとえに、局長の忍耐と努力の賜物でございます。われらなど、お側についていたにすぎませぬ」


 俊冬は、ムカつくほど如才なく応じる。


 たしかに、そのとおりかもしれない。だが、そのようにもっていったのが双子である。


「かっちゃん。くどいようだが・・・」


 それまでだまっていた副長も、うしろを振り向き、たまりかねたように口をひらける。


 おれもであるが、局長がいまの勝負で、前途に希望や気力をみいだしたのではないかと、かんがえたにちがいない。


 いいや、ちがう。みいだしてくれたと、信じたいはず。


「歳・・・。誠にくどいな」


 局長は怪我をしているほうの腕をあげ、副長の頭をごしごしなでる。そのごつい相貌かおには、苦笑が浮かんでいる。


「歳。それから、ぽちとたま、兼定・・・」


 局長は、呼びかけながらそれぞれと双眸をみあわせる。


「おっと、主計」


 場の雰囲気をやわらげるため、だと信じたいが、おれと視線をあわせてにっこり笑う局長。

 

 だが、おれはひきつった笑みしか浮かべられない。


 やはり、やはり局長の決心をくつがえすことはできないのか・・・。


 敗北感と失望感が半端ない。


「あらためて、礼を申す」


 局長は深々と頭をさげ、しばらくそのままそれをあげようとしない。

 

 以前より筋肉の落ちたであろう両肩が、小刻みに震えている。


 副長も双子もおれも、ただ突っ立っているだけである。どうリアクションをとっていいのかわからない。


 いや、なにもかんがえられないでいる。

 

 願わくば、これは悪夢であってほしい。それが無理ならば、局長はわざとおれたちを驚かせようと、演技をしているのであってほしい。

 

 このあとぱっと頭をあげ、「てへぺろ。やっぱり逃げるよーん」っていって、豪快に笑ってほしい。


「馬鹿野郎っ!なんでだ?なんでなんだよ、かっちゃん?なにが不満だ、なにがあんたを腑抜けにしちまったんだっ!」


 ついに、副長がキレた。

 局長にちかづくと、両掌で着物の袷部分をつかみ、無理矢理頭をあげさせる。


 局長の双眸に、いくつもの大粒の涙が浮かび、肉の落ちた頬を伝って地に落ちてゆく。

 

 その涙に、副長ははっとしたらしい。  

 一瞬、両掌の力が抜けた。が、気力をふりしぼり、ふたたび局長の袷部分を両掌で締め上げる。


「つかれたんだ。なにもかもに疲弊してしまった・・・。歳。おまえにいいようにつかわれることに、心底うんざりしているのだ。ゆえに、わたしのことにかまってくれるな。おまえは、おまえの気のすむまで好きなように戦い、将来さきを愉しめばよい。おまえの荷物になるのは、今宵かぎりでごめんだ」

「・・・」


 局長は、男泣きしながら訴える。


 副長は、キレてることもあってマジにうけとめてしまったのであろうか。いまの言葉を、冷静にうけとめられなかったはず。

 

 これ以上にないほど深く濃く刻まれている眉間の皺が、瞬時にして消えた。同時に、つかんでいた局長の胸元を、あらっぽく突き飛ばす。

 

 局長は、その衝撃でうしろによろけた。

 

 副長は、それを4、5秒ほどみつめていたが、踵を返すとさっさとあるいていってしまった。


 その副長のは、こちらがたじろぐほど深い悲しみの色を帯びていた。


 双子もおれも相棒も、ただ呆然と副長のうしろ姿を見送るしかない。


「おまえたち、もどるぞ」


 局長は、たっぷり時間をおいてから、おれたちに声をかけてくる。

 

 いまはもう、その双眸に涙はない。


 局長は、たしかに演技をしていた。

 

 あれは、演技にちがいない。


 おれは、そう確信している。


「どうした?」


 局長は、うごこうとしないおれたちに、気弱な笑みを浮かべる。


『どうした?』


 きまっている。いまのはいったい、なんだったのか?なにゆえ、嘘をついたのか?副長を怒らせるような言葉を、なにゆえたたきつけたのか・・・。


 問いたいことはいっぱいある。なににもまして、局長の本心をしりたい。


 だが、口にだすことができない。

 他力本願ばかりだが、双子がどうにかしてくれぬかと、そちらに視線を送ってしまう。

 

 が、おれの期待に反し、二人とも局長をみつめているだけで、なにもアクションをおこそうとしない。


「おまえたちにもわかっているように、歳にもわかっている。主計、兼定。歳の様子をみてきてもらえぬか?」

「承知。相棒、ゆくぞ」


 命令に従うよりほか、ないではないか?


 一礼して踵を返すと、両脚を叱咤して小高い丘を駆け下りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ