居合 一本勝負
「主計。すまぬが、いましばらくかしてもらえぬか」
「ええ、もちろん」
俊冬が律儀に尋ねてきたので、すぐに快諾する。
ふと気配を感じたので、視線を下に向けると、相棒がおれの左脚のすぐうしろでお座りしているではないか。
おお・・・。いったい、いつぶりだろうか・・・。
「ぽちたまがいねぇからな」
副長が、右側にやってきてせせら笑う。
よまれた上に、嫌味をかましてくるなんて、どういう上司なんだ?
でも、副長のいうとおりかも・・・。
「まったく・・・。馬鹿も、ここまできたらいっそすがすがしいな」
そして、嫌味をかましているのは俊冬も同様である。弟と距離をおいて向き合い、不機嫌そうにかましている。
とはいえ、心底怒っているわけではない。怒っているのは、局長や副長を困らせていることにたいしてである。かれも弟と勝負をすることじたいは、やぶさかではないはず。
なぜなら、かれもまた、ある意味馬鹿なのだから。
「いついつまでも睨みあい、探りあいというのは抜きだ。それこそ、いつ勝負がつくかわからぬゆえ」
「承知いたしました。居合をもっとも得意とするたまです。存分にされてください。わたしは、「虎徹」と語りあえる時間をいただければ、充分でございます」
「生意気なやつめ。なれば、わずかのときをやろう。さっさと語りあえ。ゆっくり、百をかぞえる。それをすぎ、さらに十かぞえたのちに勝負だ。よいな?」
その提案に、俊春は無言のままうなずく。ときがもったいないとばかりに、そのままわずかに腰を落とし、いつでも抜ける姿勢で瞼を閉じる。三本しか指のない左掌は、「虎徹」に添えられている。が、鯉口はまだきってはいない。
向かい合う俊冬もまた、同様の姿勢で瞼を閉じている。こちらは、カウントしつつ「之定」と語りあっているのか。やはり、四本しか指のない左掌は、「之定」に添えられている。もちろん、鯉口はきられてはいない。
時間にすれば、90秒ほどであろうか。双子の瞼が同時にひらいた。そして、一足一刀の間合いまで、摺り足で距離を詰める。二人の草履が、草を踏みしめる。すっかり夜目に慣れた瞳は、草が夜露に濡れているのをみてとる。
いよいよ、一本勝負。
めっちゃ緊張してしまう。それは、局長も副長も相棒も同様で、みなの緊張が伝わり、よけいに緊張してしまう。
俊冬は、俊春の右を襲うだろうか。俊春のみえぬ右瞳を狙って。俊春は、それをみこしているだろうか。裏の裏をかくということもあるし、裏の裏の裏をかくということもあるだろう。
10カウントにちかい。そのとき、俊春が笑みを浮かべた。不敵な、というよりかは余裕があるからこそ、愉しいって感じの笑みである。ほぼ同時に、俊冬の相貌にも、同様の笑みが浮かぶ。
前回の日野での兄弟対決では、俊冬が激おこぷんぷん丸状態であった。俊春が、右瞳がみえていないことを隠し、俊冬だけでなくみなをごまかしていた。俊冬はそれに怒り心頭し、ブチ切れたのである。
ゆえに、その勝負に笑みなど一つもなかった。まさしく、死闘といえるような勢いであった。
その対決で、俊春は、俊冬の愛刀「関の孫六」によって右の掌を刺し貫かれた。
その傷は、いまだにくっきりと残っている。時間が経てば、うすくちいさくはなるだろうが、まったく跡形もなく消えることはないだろう。
あのときの一戦にくらべれば、今夜の二人は愉しそうである。みていて緊張はするものの、ワクワクもしている。
それは、局長や副長も同様であろう。そして、相棒も。
刹那という言葉が、これほどしっくりくることはないだろう。それこそ、瞼をとじる、あるいはひらけるまでに、すべてがおわっていた。
二本の銀色の軌跡が、眼前をはしったような気がした。
あいかわらず、瞳で追うことすらできぬとは、成長がない。情けないかぎりである。
かれらは、居合抜きし、納刀して残心に入っている。
それから、同時にそれぞれの得物を鞘ごと腰から抜き、感謝の念をつぶやく。
俊冬はおれに「之定」をさしだし、俊春は局長に「虎徹」をさしだす。
俊冬から「之定」を受け取りながら、勝負がどうなったのかをきいてみた。
「すまぬな、主計。「之定」の力をだしきることができなかった。ひとえに、わたしの力不足」
俊冬は、苦笑しつつ顎を上げてみせる。
喉仏のすぐ上あたりに、赤い筋がはしっている。それこそ、気合いをいれて双眸をこらしてみないとわからぬほどのものである。
俊春は、さして誇るわけでもなく、局長に「虎徹」を返している。
勝負は、俊春の勝利におわった。
ぜひとも歴史に残してもらいたいほどの名勝負である。
それは、しっかり脳裏と精神に、しっかり焼き付け、刻み込まれている。




