押し倒されたら・・・
「やあ、大変だったね主計」
坂井は、みながひととおり訪れた後にやってきた。
抜かりのないこのBL系は、わざとタイミングをずらせたに違いない。
「副長をかばったんだってね?とんだ災難だ」
「隊士として、副長をお護りするのは当然かと・・・」
訪れてくれた仲間たちと会話をかわしたあとなので、正直、横になってゆっくりしたい。
枕元に律儀に正座している坂井の膝頭が、完全に敷布団の上にのっかっている。そして、必要以上に、上半身が布団へとのりだしている。
この状態で、どうして横になれようか?ゆえに、我慢して起き上がっている。
「だけど、背中なんだ、傷があるのは?」
坂井は掌を口許にあて、ころころと笑う。
そう、ころころ、という表現がぴったりな笑い方。こんな奇妙で気味の悪い笑い方は、はじめてみた気がする。
「あぁこれは、なにも逃げようとした傷ではないので。咎められる類のものではないですよ」
マックスに苛立っている。
河上が、度重なる失敗でさらなる暗殺を企てやしないか?そのことが気になっている。
おれの優先順位は、いまやおねぇとBL系ではなく、暗殺者のほうが上である。
そのとき、奥の襖の向こうに複数の人の気配を感じた。
もちろん、BL系に感じられるわけもない。
坂井は、ひとしきり笑った後、顔に奇妙な笑みをはりつけたまま、声量を落としておれに告げる。
「会ってくれるそうだ。だが、その体ではもちそうにないな?」
にやり、と笑う。
もちそうにない?その意味がよくわからない、と思いたい。
「もつかもたないかは別としても、二、三日の猶予はいただきたいですね。傷のこともですが、おれは暗殺者に顔をみられています。ともに狙われるようなことになれば、そちらにも迷惑をおかけするでしょう?そうなれば、もつかもたないかどころの騒ぎではないかと・・・」
苛苛と、さらには嫌悪感がでないよう努める。
坂井の膝頭が、それにともない上半身が、さらにちかくなっている。
さりげなく尻を動かし、遠ざかる。
押し倒されたらどうしよう・・・。
でかい図体の彼氏の部屋を訪れた、小柄な彼女のような気持ちになっている。
あぁ現代の女の子たちが、そんなふうに思うのならの話だが・・・。
坂井の顔が、間近に迫ってくる。まずい・・・。
マジ焦る。
貞操を奪われる・・・。
「おい主計、賄方が、粥なら喰えるか?ときいているが・・・。あっ・・・」
そのとき、音高く襖が開き、原田が無遠慮に入ってきた。
開いた襖の奥の部屋の暗がりに、数名が潜んでいるのがみてとれる。
原田は、まるでみてはならなかったものをみたかのようにその場に凍りつく。
「すまねぇ・・・。取り込み中だったのだな・・・」
わかっていて、なにゆえ断言する?
そこは、「取り込み中だったか?」ではないのか?
思わず、心中で突っ込む。
「いいえ、原田先生。様子をみにきただけですので。では主計、お大事に。またくるよ」
坂井は去り際、掛け布団の下に掌を入れ、そこにわざと隠していたおれの掌を、瞬時にみつけてそのまま握ってきた。
すごい手練だと感心せざるをえない。
「任務とはいえ、よく我慢できるもんだ」
坂井が去ってからたっぷりと間をおいた後、立ったまま腕組みをし、原田が呆れたようにいう。
奥の部屋から、永倉、山崎、島田がぞろぞろとでてくる。
「おれもくる者拒まずだが、ありゃだめだ。後腐れありすぎだ」
原田の意味深な発言に、おれだけでなく、その場にいる全員が原田をみる。
「ああ、ありゃだめだ。ぜってぇ運気を下げやがるぜ」
なんの予言だ?いや、そもそもそこではない。
くる者拒まず・・・?
室内に沈黙がたれこめる。
「ちゅんちゅん」
庭から、雀のなき声がのどかに流れてくる。