どうしても勝負がしたい
「歳。頼むから、ひっこんでいてくれ。それならば、わたしがはいつくばってでも勝負をする」
局長が副長の肩をつかんでひきとめたところでやっと、副長のいう「致命傷を負わせられるもん」の意味がわかった。
胡椒爆弾とか油とか、刀以外の卑怯きわまりない物のことである。
「おっと、これがあった」
副長は思いだしたのか、一つ掌をうち、腰のホルスターから拳銃をとりだす。
呆れかえってしまうというよりかは、副長だから、と思うことにする。
「童ではあるまいに。わがままを申すな。かように戦いたいのであれば、このあと、わたしが存分にやってやる。それこそ、足腰が立たなくなるまでな」
俊冬の不穏きわまりない提案はべつとしても、俊春はシュンとしたまま、ってか、すねている。
ちょっとかわいいかも。
ならばおれがかわりに、といえるわけもない。
ってか、俊春ってまるで「ドラOンボール」の『O悟空』である。
「おら、強ぇやつとたたかってみてぇ」
まさしく、これであろう。
「では、きたねぇことはしねぇ。ちゃんと「兼定」をつかってやる。それならば、文句はあるまい、かっちゃん?」
副長は、よほど俊春のシュン太郎ぶりが気になるらしい。
「「兼定」をつかったとて、地面を掘って土くれをぶっかけたり、刃を木にめりこませ、抜けぬふりをして相手の油断を誘ったりでは、おなじではないか」
局長は、苦笑をとおりこしてちょっと怒っている。
なるほど・・・。「兼定」をつかうにしても、本来の意味とはちがう使用方法なんだ。
「かっちゃん、なにいってる?かような剣士にあるまじきこと、だれがするってんだ?」
「おまえだよ」
ソッコーツッコむ局長が、ナイスすぎる。
「しねぇ。そのかわり、ぽちを無掌のまま簀巻きにし、あの木の枝からぶらさげる」
「ちょっ・・・。それって、ぶっちゃけ拷問ですよね?」
ソッコーツッコんでしまった。俊春も、驚いた表情になっている。
「いいがかりはよしやがれ、主計。拷問ってのはな、掌と脚のすべての爪をはがし、吊るした脚の裏に、蝋燭の蝋をたらすんだよ」
「おお、それはいい。では、さっそく」
「いや、まて!」
「ちょっ、まってください」
とんでも黒歴史の一つの拷問方法を、しれっと語る副長も副長だが、それを実践しようとする俊冬に、局長と二人でダメだしをするのは当然のことである。
「なら、どうすりゃいいんだ?」
「ってか、そこまでして勝負する必要なんてないじゃないですか」
「主計の申すとおりだ。そもそも、そこまでせねばならぬということじたい、恥ずかしいかぎり」
「かっちゃん。そこまでしても、ぽちにはちっとも勝てる気がしねぇ」
「自慢になるかっ」
「自慢になるかいっ」
局長と二人、ついツッコんでしまう。
もっとも、副長のいうとおりかもしれない。簀巻きにされていても、俊春なら軟体動物かアメーバかスライムみたいに、ニュルニュルと脱け出て自由になりそうだし、脚の裏に蝋をたらされても、熱く感じなさそうである。
「なら、主計。おめえがやれ」
「はい?おれなんて勝負になるわけ、ってか、おれにふらないでくださいよ、副長」
「いやいや、主計。勝負は兎も角、おぬしの剣は、自身が思っているほど弱いものではない。卑下しすぎだ。流派は、たしか・・・」
「局長、お気持ちだけいただいておきます。「英信流」です。さきの甲府の敵方の参謀板垣さんとおなじ流派なのです。もっとも、いまからずっと未来のといまのとは、多少ちがうでしょうけど」
「申し訳ございません。馬鹿すぎて大馬鹿な弟のために・・・」
俊冬は、弟の馬鹿さかげんを強調している。
「居合一本勝負。わたしがやります。それでいいな、馬鹿たれ」
俊春は、めっちゃ馬鹿あつかいされても、やりあえることがうれしいらしい。それとも、いわれなれていてなにも感じないのであろうか。兎に角、かれは素敵すぎる笑顔で、おおきくうなずいている。
「おお、それはいい。それならば、わたしも心から安堵してみれよう」
局長は、すぐにのっかってくる。
あのー、さっきおれにいってた卑下しすぎってのは、なんだったんでしょうか、局長?結局、それはおれを哀れんでってやつですか?
「ならばこれをつかってくれ、ぽち」
局長は、「虎徹」を鞘ごとはずしてさしだす。
俊春は、はっとしたように動きをとめる。
「穢すとかなんとか、というのはやめてくれ。「虎徹」を手なずけられるのは、おまえたちくらいであろうから」
局長は、先手をとって釘をさす。そこまでいわれて、拒否れるわけもない。俊春はさらに瞳を輝かせ、礼をのべてから「虎徹」をうけとっている。
その瞬間、俊春が双眸をみはったような気がした。刹那以下の間、「虎徹」をみつめたが、すぐに腰に帯びる。
なんだろう・・・?「虎徹」に、なにかを感じたのであろうか?
それもつかの間、いまはめっちゃうれしそうにしている。




