「虎徹」は今宵も血に飢えている
「京にいた時分に、この戦がはじまるまえに、挑んでおけばよかった、とな」
「はあ?なにゆえ、勝負にこだわる?こいつらは敵じゃない。それに、こいつらは剣士だってことすら他人に悟らせねぇ。しかも、流派のことになれば、みずから告げることはねぇ。そんな連中と勝負して、いったいなんの意味があるんだ」
「歳・・・。おまえには一生わからぬであろう。剣一筋ですごしてきたわたしには、強き者、面白き相手があらわれれば、無性に戦いたくなるのだ。新八や斎藤君も同様。かれらも、負けるとわかってはいても、やりたがっていたであろう?生粋の剣術馬鹿とは、そういうものなのだ。しかし、その反面、四代目宗家として、さらには新撰組局長として、負けられぬ。醜態をさらせぬ、という矜持もある。そのくだらぬ矜持が、勝負をし、負けてしまうことを躊躇させたのだ。ゆえに、その機をみずから逃してしまったわけだ」
なんとなく、わかるような気がする。局長が勝負をするということは、イコール天然理心流宗家としての面子がある。
個人というよりかは、流派そのものが否定されることになりかねない。
「だが、いまはもうすべてがふっきれておる。おしむらくは、気組は迷いなく充実しておるのに、体躯が十二分ではないということであろう」
そして局長は、視線を双子のほうへと向ける。
その瞳のさきで、俊冬が「之定」を瞳のたかさにかかげもち、瞼をとじている。唇が動いているところをみると、俊春同様祈りかなにかを捧げているのであろうか。
なにかの儀式のように。
かれはしばし瞑目し、それから瞼をひらける。尻端折りする着物に、すばやく「之定」を帯びる。
「おまたせいたしました」
こちらに向き直り、一礼する俊冬は、いつものおちゃらけた様子とまったくちがう。
重苦しいほどの真摯さが、漂いまくっている。
しれず、固唾を呑みこんでしまう。俊春と視線があう。すると、かれがそうとはわからぬほど、ちいさくため息をついたように感じられた。
どういう意味なのだろう。自分がやりあえなかったことへの失望か?それとも、兄にたいしてなんらかの思いがあるのか。
道からはずれ、欅のまえに移動する。野っ原がひろがっている。剣術の試合どころか、「天O一武道会」の会場になってもさしつかえなさそうである。
いや、それはもりすぎか?
ふと、欅の横に、ちいさな祠があるのに気がついた。道祖神でも祀られているのだろうか。
「道祖神だな」
副長もまた気がついたようだ。おれの右横に立ち、そうつぶやく。反対側には俊春と相棒がやってきた。もちろん、相棒は、俊春の左横に座るのかと思いきや、おれの左横に、つまり、おれたちの間にわってはいってきて座った。
んん?もしかして、おれの横のほうがいいと?やっぱり、相棒の横のほうが落ち着くと?
「兼定。おぬし、意外とやきもちやきなのだな。案ずるな。わたしは、だれかさんになびくようなことはない。これでも、男の好みはうるさいのだ」
ソッコー、俊春のささやき声が耳に飛び込んできた。
「いや、ぽち。いまの、どういう意味なんですか?」
ツッコミどころ満載である。
「しずかにしろ、主計。真剣勝負がはじまるんだからな」
そして、副長に叱られるのはおれ。
ぐすん。職場やクラスに一人はいる、注意されやすく叱られやすい人間とおんなじだ。
半泣き状態から気を取り直し、眼前で向き合う二人へと視線を戻す。
二人は、たがいの遠間の位置で向き合っている。もはや、二人の間に言葉など必要ない。
こうして向き合っているだけで、おたがいをわかりあえる・・・。
と、いいたいところであるが、すくなくともおれには、それは無理である。
同時に一礼し、睨みあう局長と俊冬。
局長の気組は、すでに満ちて充実していることがわかるが、俊冬のそれはまったく感じられない。
局長は、あいかわらずすごい貫禄である。俊冬が、貧相にみえてしまう。
ゆったりとした動作で、左腰の「虎徹」を鞘から解放する局長。
「今宵の虎徹は血に飢えている」・・・。
ぜひとも、この創作上の名台詞を、局長にいってもらいたい。
局長の「虎徹」は、贋物であるという。
長曽祢興里の別名である「虎徹」は、最大大業物である。現代には、近藤勇所有刀としての「虎徹」は残っておらず、局長が「虎徹」を所持していたかどうかの真偽のほどは、解明されていない。
「虎徹」は、沖田の「菊一文字」、藤堂の「上総介兼重」同様、高価で貴重な刀である。近藤勇が入手できるのだろうか、というのが贋物ではないのかといわれている所以である。
贋物をそうだといわれ、入手したのではないのか。局長は、そうだと信じ込み、つかっているのではないのか・・・。将軍から下賜されたものとか、江戸で購入したとか、賊退治のお礼の品だとか、様々な説がある。
しかし、かの「池田屋」事件で、永倉や沖田、藤堂らが刃こぼれし、事件後に買い替えねばならなかったところを、刃こぼれがなかったという。
局長に、みせてもらったことがある。が、刀に目利きのあるわけではないおれに、真偽がわかるわけもなく・・・。
異世界転生で鑑定団の鑑定士をやっていたであろう双子なら、わかるんだろう。しかし、積極的に尋ねるのはどうであろうか。
真偽はどうあれ、近藤勇の愛刀は、「虎徹」以外のなにものでもない。
そうかんがえたほうが、ある意味ロマンがあるだろう。




