目録の真相
「この怪我云々だけの問題ではない。わたしには、剣士としての気概も意地もなくなっているのではないのか、と。だが、そのわりには、ぽちたまが日野で真剣勝負に挑んだのをみ、内心で興奮してしまったこともたしか。すまぬ。わたしも、なんと申せばいいのか、わからぬ。ようは、最後に一度だけ、全力で剣をふるってみたい、ということだ」
局長は、想いをいっきに語り、双子のまえに立つ。
「だったら、おれが・・・」
副長が、せっかくのシーンをボケをかましてだいなしにしようと・・・。
「すまぬが、歳。だまっててくれぬか?おまえが相手だと、全力どころかほとんど力をださずにすみそうだ」
「ちょっ・・・、かっちゃん、ひどすぎやしねぇか?周斎先生から、一応、目録をもらって・・・」
周斎先生というのは、「天然理心流」第三代目宗家であり、局長の才をみこんで養子にむかえた近藤周斎のことである。
「悪いが、歳。先生はもう亡くなられているゆえ、誠のことを語っても許してくれよう。おまえの目録は、いつもやる気のないおまえにそれをあたえておけば、すこしはやる気をだし、真剣に練習に取り組んでくれるのでは、という先生の夢であったのだ。結局それは、夢におわってしまったが・・・」
「はあああああ?ひでぇじゃねぇか。かようなこと、みながしったら・・・」
「みな、しっておる。ゆえに、総司も新八も左之も、申しておったであろう?「お情けの目録」、と」
「くそっ!ただ、揶揄ってやがるとばかり思ってた」
語られる「試衛館」の真実。
双子とおれは、笑っていいものか、気の毒に思ったほうがいいのか、ビミョーな気持ちになってしまう。
「まぁよいではないか、歳。事情はどうあれ、目録は目録。他流派のまえでは、胸をはっていろ。どうせ、まともに剣をふるわぬのだ。いまさら、気にすることもあるまい?」
「かっちゃん、いくらなんでもひどすぎねぇか?そりゃぁ、きたねぇ技はつかうことはあっても、たまにはまともにやりたいってときもあるんだよ。そのときが、いまのところないってだけだ」
幼馴染みたいなものだからか?
局長、けっこうきつくね?って感じてしまう。そして、あの副長がいい負かされている。
二人の間、だからであろう。
「というわけで、ぽちたま。どちらか相手をしてくれぬか?」
局長は、副長の肩を拳でどやしてから、双子に向き直って挑戦状をたたきつける。
「「天然理心流」第四代宗家近藤勇は、柳生新陰流にいざ、挑まん」
「おそれながら局長。流派をもちだされ、挑戦状をたたきつけられたからには、われらも全身全霊をもって受ける所存。となりますれば、怪我のことなど・・・」
「たま、いっさい考慮するな。否、してもらいたくない。なあに、この一度きり。潰れてしまおうがひどくなろうがかまわぬ」
「承知いたしました。その心意気におこたえいたしましょう。ただ、われらは流派にこだわらぬ剣をつかいたく」
「無論。やれるだけでいいのだ」
俊冬が挑戦をのむと、俊春がさりげなく一歩まえへでかける。すかさず、俊冬は、四本しか指のない掌をかすかに動かす。すると、俊春の動きがとまる。視線を絡めあう双子。もちろん、おれに双子の無言のやりとりをよむことなどできるわけもない。
「なれば、わたしが胸をおかりいたします」
それも数秒のこと。俊冬がずいと歩をすすめる。
正直、ちょっと意外である。こういう役割は、俊春がするものなのに・・・。
副長がそれをツッコミ、理由をきいた。
するとかれは、弟だとやさしすぎて本気をだせぬとか、途中で泣いてしまうかもしれぬとか、とってつけたように並べた。
たしかに、そうかもしれない。が、そう答えた俊冬の表情と、いつも以上に寡黙な俊春の表情が、やけに気になった。
誠の理由をしることになるのは、後日である。
「では、どうか「之定」をつかってください。「之定」は、ぽち同様たまにもつかってほしがっているにちがいありません」
ベルトから「之定」を鞘ごと抜き取り、俊冬にさしだす。かれは刹那以下で躊躇したものの、すぐに笑顔になって受け取る。
なんてこと。とつじょはじまる剣術試合。しかも、天然理心流宗家の近藤勇と、日本一といっても過言ではない俊冬の対戦である。
相棒についてきてよかった・・・。
「かっちゃん、おい、無理すんじゃねぇよ」
「歳、わかっている。だが、これまで剣術試合で本気をだしてやりあったことなどそうおおくはない。後悔しているのだ」
「後悔?」
局長は、暗闇にぼーっと浮かぶ山の影へと瞳を向け、それに魅入られたかのように双眸を細める。




