剣術への想い
「だが、わたしはあたらしきものには瞳を向けることができぬ。いいや、向けようとも思わぬ。これが頑固だというのなら、そうなのであろう。意地になっているのだというのなら、まさしくそのとおりなのであろう。様々な人間がいて、様々な性質や意志やかんがえがあれども、近藤勇はただの一人で、性質も意志もかんがえもただ一つ・・・。わたしには、しがない道場で剣術をおしえるのが分相応、せいいっぱいであったのやもしれぬ。かようなわたしだ。ふるきよき時代のままやり抜く、というのもよかろう?」
局長は、副長、双子、おれへと視線をうつしているだろう。相貌をあげ、視線をあわせる勇気がない。
局長の気持ちはわかっている。理解もできる。だが、それを諸手をあげて肯定したくないし、認めたくない。
「さて、いまさらであるが、弟弟子の無念を晴らしたいと、ずっとかんがえておる」
局長は、この話はこれでおわりとばかりに、がらっと口調も内容もかえた。
沈黙を貫く勢いの副長の肩かどこかを叩く、「ばしっ」という音と、「いてぇっ」という副長の悲鳴が、深更の村の小高い丘に響き渡る。
微風が、頬をやさしくなでる。そのなまあたたかさは、梅雨がもうじきであることを感じさせてくれる。欅の枝葉が、さわさわと音を立てている。
思わず、脳内に「この木なOの木気になる木~」と『日立O樹』のCMソングが流れる。
あの木は、ハワイのオアフ島にあるモンキーポッドの大樹だが、この欅も負けてやしない。
「弟弟子の無念だって?」
あまりの方向転換に、さしもの副長も頓狂な声で尋ねている。そこでやっと、おれも相貌をあげ、局長をみることができた。
弟弟子の無念?
双子もたがいの相貌をみあわせているし、おれは相棒と視線をみあわせてしまった。
が、相棒は、ふんっと鼻を鳴らしてから局長へと視線を転じてしまう。
「かっちゃん。あんた、なんのことをいってるんだ?」
ボケてしまった父親にいうように、副長は掌を伸ばすと局長のぶっとい腕をつかみ、同時に相貌をのぞきこんでいる。
「いや。自身、突拍子もないことはわかっている。だが、試衛館の道場主として、また、総司の兄弟子であり師である以上、その無念を晴らさぬのは、剣士としても武士としても許されるべきものではなかろう」
「あ、ああ、総司の・・・」
副長はやっと思いいたり、呆れたように両肩をすくめる。
そうだった。まだ京にいたとき、労咳を患っている沖田と俊春が、それぞれの流派と剣士の誇りをかけ、対決したのである。
沖田は負けてしまったが、とてもいい試合であった。しかも、それまでの間に、病をはねのけるような勢いで練習に励み、試合中も全力であった。
さすがは「三段突きの沖田」と怖れられているだけのことはある。心底、そう感じた一戦であった。
なにより、あんな名勝負は、リアルはもちろんのこと、あらゆる創作のなかでもそうそうお目にかかれるものではないだろう。
「さすがは局長でございます。なれば、どうぞ。うしろからおさえておりますゆえ、どうか「虎徹」で弟を斬り捨てていただくなり、突き貫くなりなさってください。ああ、案じていただくことはございません。わたしは道場主でも剣士でもございません。そして、わたしにとって弟は、弟弟子でも弟子でもございません。そこいらに転がっているただの弟。一人や二人死んだとて、とくに気にもなりませぬゆえ」
俊冬は、すべてがってん承知の助的に理解を示しつつ、弟のうしろへとまわり、はがいじめにしようと・・・。
「ちょっ・・・、たま。いまの、ツッコミどころ満載すぎるんですけど」
「わたしも男です。局長と沖田先生のためならば、よろこんで斬られるなり突かれるなりいたしましょう」
おれと俊春がかぶってしまった。
「ちょっ、ぽち。いまのもツッコミどころ満載すぎるんですけど」
あわててツッコんでしまう。
局長が笑いだす。豪快かつさわやかな笑いかたである。副長がつられて笑いだし、双子とおれも笑いがおさえられずに声をあげて笑う。もちろん、相棒も「ケOケン」笑いをしている。
周囲に民家がなくってよかった。それでも、微風が五人と一頭の笑声を、遠くまで運ぶだろうか。
「総司の無念を晴らしたい、というのは恰好をつけすぎか?京で、総司が全力で木刀をふるったのが、いまだに忘れられぬ。労咳で、床で起き上がるのも一苦労であった総司が元気になれたのは、ひとえに剣術にかける意地、否、執念であったのであろう。あれをみ、正直、すべてにおいて総司に負けたと悟った。あのまま、宗家を譲ってもいいとまでもな」
局長は言葉をきると、寂しげな笑みを浮かべる。




