夜道にて・・・
念のため帯刀しているし、腰のホルスターには拳銃をぶら下げている。しれず、ほっとする。 忍び足で迫りくる敵の斥候かなにかと遭遇でもしたら、たいへんである。
だが、そうなったら、おれはどうするだろう。撃つ?斬る?それとも、フリーズして動けない?そうなったら、相手に撃たれるか斬られるかするのか?
って、おこりえそうな事象について探求中に、相棒がその人影に向かって駆けだしてしまった。それこそ、とめる間もなく。
距離は500m以内。仕方がない。追いかけることにする。とりあえず、腰のホルスターに掌をあて、その存在を確かめておく。
「おお、兼定か」
わざと声量を落としたような歓喜の声が、前方から飛んできた。その声に、緊張感がいっきに吹っ飛んでしまう。
局長の声である。
四つの影が、いっせいにこちらへ向く。
ささやかな月明かりの下、局長と副長、双子であることがわかる。
局長は、奥様メイドの着物に袴。副長は、軍服の上着を脱いだシャツ姿。双子は、いつもの着物を尻端折りしている。
相棒は、局長になでられてから俊春の脚許にお座りする。
「主計、やってまいったか。兼定に、呼びにいってもらったのだ」
俊冬の相貌に、やわらかい笑みが浮かぶ。
おれを、呼びにいってもらった?
もはや、相棒はだれの相棒か、すっかりわからなくなっている。
「こんな時間にどうされたのです?」
もやもやしつつ、問いを投げ返す。
「おぬしの話を参考に、北方面を物見してきた。その報告を、局長と副長にしようと・・・。実際、みていただいたほうがよいかと思ってな。ほら、あそこからだとよくみえるゆえ」
かれは右腕をあげ、人差し指でさきにみえる小高い場所をさす。
ちかづきつつ、おおきくうなずいてみせる。それから、五人と一頭でゆるやかな坂をのぼった。
薄暗闇に沈む村。向こうには、山の輪郭がかろうじてみえる。
川のせせらぎがきこえるようだが、視覚で川の存在はみとめられない。方角的には、川は西にあるはず。
敵は、三隊にわかれて北側からやってくる。史実では、新撰組は南からやってくると想定していた。ゆえに、分宿先も南側に集中していた。
が、どちらにしても、兵の数や装備において歴然とした差がある。新撰組が裏の裏をかいていたとしても、結果はおなじであったろう。
丘というほどではない小高い場所。おおきな欅がひっそりとたっている。もちろんそれは、女性アイドルグループでもなければ、大日本帝国海軍の駆逐艦でもない。樹齢何百年にもなりそうな樹である。
この村の御神木なのだろうか。
敵はすでに掌の届く範囲にまで迫っており、明日には三隊にわかれて布陣をおえるであろう、という。
ということは、敵の東山総督府斥候である有馬藤太がやってくるのも、もう間もなくのはず。
もう間もなく・・・。
副長が、一言も口をひらいていない。それがいろんな意味で不安にさせる。
「歳。明朝、勘吾や雅次郎、俊太郎に率いさせ、隊士たちを徐々に離脱させるのだ」
俊冬の報告を受け、しばしの重苦しい沈黙の後、局長が命じる。
「あわせて二百三十名ほどか?二百名ほどが離脱できればいい」
副長がなにも答えないので、局長がつづける。
「わかった。そうしよう」
うわぁ・・・。副長、たったそれだけっすか?
しかも、めっちゃおだやかに答えてる。
不気味以外のなにものでもない。そこはやはり、最後のあがきをしてもらいたかったところである。
局長も、拍子抜けというかなんというか、兎に角意外だったようである。一瞬、驚きの表情になった。が、気づかわしげな笑みが、ごつい相貌に浮かんだ。
「歳・・・。なにかたくらんでいるのか?」
「たくらんでる?なにゆえ、たくらむ?敵にたいしてか?」
ちょっと気色ばむ副長。ということは、なにかたくらんでいるということなのか。
「ああ、くそ・・・。おれがいったい、なにをたくらむってんだ、ええ?いっそ、たくらみてぇよ」
それがスイッチだったのであろう。副長はオンになった途端に、感情をあらわにした。
「歳、いまのをきいたであろう?敵の数はおおく、装備もまったくことなる。新撰組は、できればこのまま無傷で会津へ向かうべきだ」
局長は、副長に苦笑してみせる。
「まぁ正直を申せば、江戸にもどってきた時分は、追ってこようが迎えられようが、そのつど、全力をそそいで敵と一戦交える覚悟であった。だが、甲府での敗退、その後の幕府や敵の動きをみれば、しょせんかようなかんがえは匹夫の勇にすぎぬということを思いしらされた。もはや、わたしの存在自体が時代おくれなのだな」
副長だけではない。双子もおれも相棒も、局長の言葉をうなだれてきいている。




