剣士として・・・
「斎藤先生にも、まったくおなじことを問われました。正直、あの利三郎なら、蝦夷から艦にのって宮古湾くんだりまでいって敵の艦を奪う、という作戦に抜擢された瞬間、「腹が痛い」だの「頭が痛い」だの「船酔いするから」だのといって、回避するように思います」
馬鹿にしているわけではない。かれは、いい意味でそれだけ要領がいいということをいいたいのである。
ああみえて、現代っ子バイリンガル野村は、勇敢だしそこそこ腕が立つのである。それに、現代語や英語を吸収し、それをつかいこなすだけのスマートさもある。さらには、世渡り上手でずるがしこい。なににもまして、助兵衛だ。
そんなかれが、漫画や映画のワンシーンのように、自己犠牲満々で敵船上で死ぬわけなんて、ぜったいにない!おれの全人生を賭けてもいい。もちろん、相棒の散歩係としての全人生である。
「ありえねぇだろうが」
「ありえませぬな」
「ありえませぬ」
「そんなのないない、ですね」
四人がかぶる。
「まぁ、野村なんざめずらしい名じゃねぇ。どっかちがうところの野村殿の話なんだろうよ」
そして、架空の野村さんがでてきた。
また副長が笑いだすと、おれたちもつられて笑ってしまう。今回は、相棒はケンケン笑いではなく、お座りしてにやけた表情でおれたちをみあげけている。
不意に副長が笑うのをやめた。俊春の脚許にお座りしている相棒に掌をのばすと、ゴシゴシと音がするほど頭をなでる。相棒の眉間に皺がよる。その表情は、副長にクリソツすぎる。
心ここにあらず、なのだろうか。相棒の頭から掌をはなすと、つぎはそれを俊春の頭へとのばし、こぶりの頭をゴシゴシとなでまくる。
さすがに、俊春の眉間に皺がよることはない。が、かれの表情はあきらかに困惑している。
「副長・・・」
口中でつぶやいてしまう。
局長のことが、気がかりで仕方がないにちがいない。
「副長、なんなりとご命令を。われら、いかなる命でも従います」
俊冬の低くちいさいその言葉が、副長の耳にどのように響いているだろう。
無言をつらぬく副長。ややあって、俊冬がまた口を開く。
「ここだけの話ですが、局長は、怪我のことも気にされておいでです]
「怪我?」
副長のリアクションは、まるでそれをはじめてしらされたかのようである。
「局長にとって、斬られたことが無念で口惜しいことなのです。二度とまともに剣をふれぬとあっては、なおさらのこと」
「馬鹿な。まったくつかえねぇってわけじゃない。木刀だって、かるくふるには問題ねぇんだ。そんなことで死んでもいいって思うんなら、馬鹿馬鹿しいかぎりじゃねぇか、ええ?」
気色ばむ副長。ちかづいてきた俊冬の粗末な着物の袷部分をつかもうと掌をのばしかける。が、それを中途でとめ、むなしくおろす。
蟻通をかばった俊冬の頬を、殴りつけたことを思いだしたのであろう。
俊冬は、なにゆえか無言のままで、副長をみつめている。
その双眸は穏やかで、副長を非難したり責めているわけではない。副長の気持ちも局長の気持ちも、どちらの気持ちもよくわかっている。そう語っているかのようである。
「局長の気持ちは、われらには理解できぬでしょう。なぜなら、副長、あなたも主計もわれらも、誠の剣士ではないからです。永倉先生や斎藤先生、沖田先生なら理解いただけるのでしょうが・・・」
誠の剣士ではない・・・。そういわれて、不快に思わぬところが、やはりかれのいうとおり誠の剣士ではないということなのだろう。
かんがえてみれば、たしかにその通りかもしれない。おれも、餓鬼の時分から剣道や居合をやってはいるが、それだけではなかった。もしも怪我や病でできなくなったとしても、そこで人生がおわるとまで悲嘆するわけではない。しばらくは、ロス感にさいなまれたとしても、時間が経てば、ほかの生きがいなりなんなりを模索するだろう。
剣にたいする想いが、しょせんその程度のものかといわれれば、なんとも答えようもない。正直なところ、いまはおなじ「けん」でも「犬」、つまり相棒のほうが大切だし、想い入れは強い。
副長も同様だろう。いい刀を所持していたとしても、それだけではない。むしろ、剣は攻守の一つの道具にしかすぎない。なければないで、ほかの汚い策をつかう。
双子もである。かれらは、最高最強の剣士でありながら、それだけに頼っているわけではない。それどころか、無頓着ですらある。
だが、局長は・・・。
やはり、俊冬のいうとおり、剣を奪われたことが、死を覚悟させた要因の一つなのだろうか・・・。
 




