野村の死について
「で、主計。才輔は?あいつは、どうなんだ?」
「安富先生も、生き残ります」
「そうか・・・」
おれの問いに、副長が心底ほっとしたのが感じられる。
自分自身のことより、安富が生き残るということに、心底ほっとしている・・・。
「ほかは?だれが死ぬ?」
その問いに、明日の準備をしはじめた双子の掌と脚がとまる。
副長がこちらへ歩をすすめ、近間に入る手前でそれをとめる。おれは、馬の蹄の跡のついた壁に背をあずけ、副長と視線をあわせた。
上司と話をするのに壁にもたれるなどと、社会人のマナーとして「どうよ?」ってツッコまれそうであるが、なにかの支えがほしかったのである。
「これから各地で戦闘になれば、隊士たちは戦死したり行方不明になったり、敵に捕縛されたり投降したりします。それでも、おおくの隊士や途中で加わる人たちと、蝦夷に渡ることになります。それは兎も角、先ほどのご質問ですが、さきにもお話した通り、この後、江戸では彰義隊が上野で敵と渡りあい、結局、負けます。その際、なにゆえか原田先生が、靖兵隊より抜けて江戸へ戻り、その上野あたりで死ぬはずでした。そして、松本先生の伝手で、千駄ヶ谷のさる植木屋で療養していた沖田先生が、ちょうどいまから一か月ほど後に、亡くなるはずでした」
原田は兎も角、千駄ヶ谷ではなく、丹波で療養しているはずの沖田のことが、心配になってしまう。
静かなところで、ストレスもプレッシャーもなく、元気にやっているだろうか。
俊春の養子の松吉に竹吉、それから、結核になって蝦夷で死ぬはずだった玉置良三、秦という子どもらとともに、剣術でもやってすごしているだろうか。
体裁上、死んでいることになっている藤堂と、死ぬはずだった山崎、死から生還した林がついている。
元気ですごしているにちがいない。
「副長、すみません。原田先生と沖田先生は、もちろん大丈夫です」
かんがえもなしに口走ってしまったことを、謝罪する。
副長は、それでなくとも局長のことでナーバスになっている。それなのに、局長同様昔馴染みの原田や沖田のことを口にするなんて、デリカシーにかけまくっている。
「蟻通先生が・・・。蝦夷での終戦間際に・・・」
「勘吾が?まぁあいつも、みょうに意地っ張りで矜持がたかいからな。どっちかっていうと、かっちゃんに似てるか・・・」
ということは、生き残るよりかは死を選ぶということか。
「面倒くさいっていうわりには、やるべきことはきっちりやりやがる。いまも、新八や左之、斎藤にかわって、しっかりまとめてるだろう?」
あれほど「面倒くさいから、長のつく地位にはつきたくない」、といっていたのに・・・。
副長のいうとおりである。組長たちと何ら遜色も違和感もなく、みなをまとめている。
「ご自身に生きたいという気持ちがわずかでもあるのでしたら、生き残っていただかねば」
副長の無言の問いかけに応じたのは、俊冬である。
「あとは、利三郎が・・・」
「利三郎?利三郎って、あの利三郎か?」
「ええ。もちろん、あの利三郎です」
なにゆえか、当然のことを確認してくる副長に、フツーに返す。
あの利三郎だけでなく、この利三郎やその利三郎がいたら、正直、おれはへこたれてしまうだろう。
めっちゃ胡散臭げな表情の副長に、利三郎の死について簡単に説明する。すなわち、『宮古湾海戦』で、名誉ある戦死を遂げるという事実を・・・。
「マジかよ?超ウケるんですけど」
副長は、現代人のごとき反応を示した。しかも、上半身を折って笑いつづけるというアクションまでそえて。
同様のリアクションをした男たちがいる。永倉、原田、斎藤。組長三人である。
かれらも、未来で現実に伝わっている史実を、フィクションか、あるいは捏造したかのように笑い飛ばした。
現代っ子バイリンガル野村よ。おまえ、どんだけ死が似合わないんだ?どんだけマジなシチュエーションがありえないって思われてるんだ?
双子が同時に笑いだす。相棒までケンケン笑いをしている。それは、ただ単純に『おもしろい』ことがあって笑っているという、純粋な笑い方である。
その二人の笑いに、ついついおれまで声をあげて笑ってしまう。
「なんだ?なにゆえ、かようにおかしい?」
副長が、腹を抱えて笑いつつ問う。副長のそれは、どちらかといえばなにかを忘れたくて、無理くりに笑っているという感じである。
「永倉先生、原田先生、斎藤先生も、副長とおなじリアクション、つまり反応だったのです。絶対にありえぬ、というわけです。副長も組長たちも、利三郎が死ぬわけないという確信は、いったい、どこからきているんでしょうね?」
笑いがおさまってきた。双子も相棒も、笑いをおさめて副長をみている。
「さぁな。なんとなく、っていうのはおかしいか?主計、おまえはどう思う?利三郎と付き合ってきて、あいつが、いま、おまえが語ってくれた海戦で、かっこよすぎる戦死を遂げると思うか?」
副長のマジな視線が、おれの双眸を射る。




