どすこい 主計の富士!
「はあああ?なんで?おれ、相撲なんてとれませんよ」
「めっちゃ怖っ!どうすりゃいいんだよ」
山のような二人と向き合い、フリーズしているおれの背に、ドッペルゲンガーたちの緊張感もなにもない声がぶつかる。
いっておくが、おれは一言も発していない。もはや、腹話術の人形と二人の腹話術師である。
そのふざけた態度に、大関たちは鼻息荒くなっている。諸肌脱ぎになると、その場で四股を踏みだす。
一人が、おれのまえで蹲踞し、「はっけよいのこった」の姿勢をとる。つまり、仕切りである。ってか、どうすればいい?
相撲など、小学校の授業でやった程度だ。「国技で~」というおおざっぱな説明のもと、クラスメイトと四つに組んで・・・。たしか、担任は、大学時代にプロレス部に所属していて、大のプロレスファンだったかと。国技のなんたるかもしらぬまま、てきとーに授業をやっていた。
「ならば、わたしが行司をやろう」
こういうことにはめっちゃはりきる局長が、おれたちにちかづいてきた。
「いっきに懐に入り、姿勢を低くしたままにしろ。相手の左の向う脛を両の掌でつかみ、全力でひっくり返すのだ」
うしろから、耳にささやいてくる俊冬。はっとする間もなく、背後から気配が消える。
とつじょとして出現した不幸に、強制的に立ち向かわされる羽目におちいった気の毒なおれ。渋々どころか、破滅的な気持ちで蹲踞し、両拳を地につける。
相手の鼻息がかかるほどである。間合いのある剣術とちがい、圧が直接のっかかってくる。怖すぎる。できれば、このまま回れ右するか、「まいった」したい。どうせ、散歩係すらクビになりそうなおれである。尻尾を巻いたところで、みな、笑うだけであろう。
だが・・・。たまには、ってところもある。さきほどの、俊冬のアドバイスもある。
そのアドバイスまで笑いをとるネタでないかぎり、うまくいくかもしれない。
相手の細い双眸が、さらに細まる。瞬間、相手が突っ込んできた。蹲踞から立ち上がり、突っ込んできたその素早さは、さすがは慣れているだけある。
蹲踞は剣道にも通じる。おれは、その姿勢のままでの素振りを何千回とこなすことができる。立ち上がらず、剣道の要領で右足を踏み込む。低い姿勢のまま、立ち上がりも背を伸ばすこともしない。眼前に、相手の太腿から下が迫る。そのまま、両掌で相手の左の向う脛のあたりをがっちりつかむことができた。
「うおーっ」
おおげさな気合とともに、腕に力を入れてこちら側にひく。すぐ頭上で、相手の突っ張りが空を切ったのか、風圧が短い髪を撫でる。
「おっおっおっ・・・」
相手が叫びつつ、ひっくり返った。「どしん」という鈍い音とともに、相手が尻もちをついたのが、視界の隅に映る。
「勝負ありっ!」
局長の叫び声が耳に痛いくらいである。
「ハレルヤ!ハレルヤ!OMG!」
現代っ子バイリンガル野村の叫びもまた、耳に痛い。それにしても、そこまで神様を讃えるか?ムダに大袈裟すぎる。
ちなみに、cとは「Oh my goodness!」の頭文字である。
しばらくしてから、村人たちや隊士たちが歓声をあげる。
「主計・・・」
「やればできるじゃねぇか、主計」
ビミョーな表情の局長がちかづきかけるのを、副長が突き飛ばす勢いで駆けてきた。おれの両肩をがっしりつかんで喜色満面でつづける。
「おれよりもきたねぇ策をもちいるなんざ、おまえ、いままで隠してたろ」
なんてこと・・・。勝負に超絶きたない副長に、そんなことをいわれてしまった。
大相撲に、こんな技ってなかったっけ?足取り?なんかそんな技があったよーな、なかったよーな。なにせ、TV放映をみたことがない。結果だけしればよかった。ゆえに、よくわからない。
いまのって、チートだったのか?たしかに、せこい気がしないでもない。相撲というよりかは、いじめっ子に反撃する、いじめられっ子のあがきっぽい感が半端ない。
「くそっ!きたないぞっ」
その証拠に、相手が地団駄踏んでいる。そう叫んでしまってから、はっとした表情になる。
武士を罵ってしまったことに、気がついたのだ。
「すみません。技とかまったくしらないもので・・・」
謝るしかない。すると、いま一人の大関がずいとでてきた。




