ドッペルゲンガー
「面白そうですな。わたしも、昔はよく相撲をとったものです。それで、この村の代表は?」
「近藤様は、たいそうお強そうでございます。ごらんください。あそこにいる二人が、この村の代表で、この地域の大関の座を競いあっております。ここ何年もあの二人が代表を務めており、残りはそのときによってかわります」
金子の指さすほうをみると、ずいぶんとガタイのいい二人がいる。若い男たちが、周囲ではやし立てている。どうやら、どっちがおおく食べるか、勝負しているらしい。
たしかこの時代はまだ、番付に横綱はなかったはず。
背は180センチはいってそうだし、筋肉質である。ぱっと見、120、130キロはありそうだ。農作業で鍛えられた足腰は、すさまじいはず。陽に焼け、髷を結った姿は、現代のイケメン力士に通じるものがある。
「なるほど・・・。たしかに、強そうだ。なれば、一勝負・・・」
「だめだ、局長。あんた、肩を痛めてるだろうが」
子どもみたいに瞳を輝かせ、相撲をとりたがる局長にかぶせ、副長がソッコーツッコミを入れる。
「せめて、相撲くらいは・・・」
大きなため息。しょぼんとしている。
「なら、かわりにおれがやってやる」
「歳。気持ちはありがたいが、やめてくれ」
そして、ソッコー拒否る局長。
「はあ?おれがあんた以外に負けしらずってことは、しってるだろうが」
なんと。副長は、相撲が強いんだ。
「剣術ならば間合いがある。が、相撲はそうではない。姑息な策をつかえば、相手に怪我をさせてしまう。あるいは、見破られて歳が怪我をさせられてしまう」
局長のきっぱり感は、いっそすがすがしい。
当然のことながら、副長は相撲もチートなわけだ。
「では、おれがかわりにやりましょう。大丈夫です。ぼこぼこにやられて、笑いをとってみせますよ」
局長の期待に応えるべく、おれが口をひらいて・・・。って、そんなわけはない。
「主計?」
局長と副長が同時に振り向く。おれとは反対の方向に。
「そう、おれですよ、おれ。この主計、局長と副長のためならば、はり手で相貌をはり飛ばされようとも、上手投げで思いっきり投げられようとも、屁でもありません」
にこやかすぎる笑みとともに、新手の「オレオレ詐欺」を働く俊冬。ちかづきつつ、ぺらぺらと詐欺を重ねてゆく。
あまりにも似すぎている。まさしく、ドッペルゲンガーだ。
「主計がやってくれると?」
「そう、おれです、おれ。おれが見事、はられまくり、ぶっ飛ばされ、ひっくり返され、はたき落とされ、倒されまくりましょう」
さらなるドッペルゲンガーが。おつぎは俊春である。かれの笑顔は、金子家の庭で焚かれているいくつもの篝火のなか、最高に輝いている。
おれには、第三の自我まであるっぽい。
「驚きました。そっくりですな」
金子も驚いてる。
ってか、いじられ方がどんどんグレードアップしている気がする。
しかも、おれがやられまくることが必然になってる。奇蹟とかどんでん返しとか、おれには適用されないのか?
「いいかげんにしてください」
怒鳴ってしまい、思わずはっとした。現代とちがって、BGMが流れているわけではない。声がとおりすぎてしまって、みなの視線が集まる。それを、肌だけでなく全身で感じる。
端のほうで、相棒もじっとみている。「兼定のシェフ」たる俊春が、犬でも食せるものを組み合わせ、饗したディナーを喰いおわったのであろう。
めっちゃにらんでるし、めっちゃ馬鹿にしてる・・・。
「なんでおれの真似っこをするんです?しかも、おれおれ詐欺みたいだし、勝手に相撲とることになってるし、めっちゃ負けるの前提だし・・・」
「だって、めっちゃ面白いんだ。みんなを笑わせられるんだ。やめられないよ。それに、おれがあんなのに勝てるわけないだろう?ぶっ飛ばされたら、さらに笑いがとれるってわけだ」
もうやだ・・・。俊冬と俊春、ニセ主計どうしで盛り上がってる。
「うわぁ・・・。こっちの主計さんたちのほうがいいよね」
「うん。こっちの主計さんたちのほうが、兼定だってうれしいよね」
子どもたちが、双子を主計と認めてる。
「金子殿、お膳立てをしてもらえませんか?おれ、相撲をとったことがないんで、ぶっ飛ばしてもらえばいいだけなんで」
俊冬め、勝手なことを。最悪じゃないか。わざわざぶっ飛ばしてくれっていってる。それとも、俊冬がぶっ飛ばされるつもりなのか?
金子は、ツボにはまっているらしい。「くくく」と笑いつづけながら、村の大関たちのところへゆき、話をしている。
「ほう・・・。みな、主計が相撲をとる。場所をつくってくれ」
副長の一声で、あっという間に卓が片付けられて場所が確保される。
「相撲は、がたいではないってことを証明してやる」
チャンプ二人がちかづいてくると、俊冬が挑発する。
二人がムッとするのは当然のこと。
刹那、うしろから思いっきりおされてしまった。もちろん、臨時の土俵上に、である。




