ICUでの出来事
なにやら騒がしい。人の声か・・・。
ゆっくり瞼を開けると、警視がおれをみおろしている。
視線だけ周囲に向け、ICUにいるのだと気づく。
「いいか相馬、よくきけ」
警視はおれに覆いかぶさるようにし、上半身ごとおれの顔に自分のそれをちかづけ囁く。
「おまえは、なにもみなかった。なにも掴めなかった。作戦は、失敗だ。馬鹿なやつめ。親父のあとを追いたくなくば、おとなしく辞職するか、交番勤務にまわるといい」
恫喝・・・。
起き上がろうと試みる。が、吸入器や点滴や輸血のチューブに繋がれ、指一本動かすことができない。
そのとき、いやらしいまでの笑みが警視の顔に浮かんだ。
親父をはめた一人。殺してやりたい。
そう強く願った。願ったはずだった・・・。
瞼を開けると、副長の眉間の皺がみえた。
三本の縦皺が、副長の眉間の皺だとすぐにわかった。そう思うと、可笑しくなってしまう。
「気がついた。気がつきましたよ、副長っ」
大声である。おおきすぎて、耳が痛い。
瞳だけ動かして声のほうをみると、野村の嬉しそうな顔がある。
「やかましいぞ、利三郎っ!死人でも生き返りそうな、大声をはりあげるんじゃねぇっ!それに、みればわかるだろうが」
副長の声も、野村とおなじくらい耳に響く。
「おれは・・・」
「おいおい、動くなよ、主計。いま、おまえの相棒に会わせてやるからな」
野村の顔が消えたかと思うと、ドタドタカチカチと慌ただしい音がちかづいてくる。
「相棒っ!」
あらわれたのは、相棒の長い鼻面。
室内に、上げてもらったのであろう。
「くーん」
相棒の鳴き声をうけ、掌を伸ばしてその長い鼻面を撫でてやる。
「よかったな、兼定」
野村は、幾度もおなじことを呟きながら相棒の頭を撫でている。
「副長、ご無事で?」
そこではっと気がつく。記憶が、鮮明に戻ってきた。
おれは、副長を・・・。
「主計、おれの安否が、兼定のつぎだったということは気にする必要はない」
副長が、厳かに告げる。
その隣で、野村が「へ?」という表情になる。相棒もまた、「なに?どういうこと?」、という微妙な顔つきになっている。
しばし時間を置き、副長が笑いだす。
もちろん、冗談にきまってる。
「それにしても、よく気を失うやつだ」
副長が、笑いながらいう。
「案ずるな。背中の傷は浅い。山崎が応急手当をしてくれた。夜が明けたら、会津藩の藩医がきてくれる」
山崎は、医術も心得ている。その為、医療担当も担っている。
「おまえのお蔭で命拾いしたのは、これで二度目だ。礼をいう」
副長は、そういってからおれの頭を撫でてくれた。
そういえば、おれは親父に頭を撫でてもらったことがない。
そのことに気がついたのは、みなが部屋からひきとり、一人になってからである。