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死すべきタイミング

 かれのいうことすべてが、正論だと思えてしまう。いや、実際、正論なんだろう。

 頭がぽーっとしてしまい、そうなのかどうかも判断が難しいのではあるが。


「つまり、近藤さんは死にたがっている、と?土方さんやおまえらは、それを尊重すると?」


 蟻通は地面に胡坐をかくと、地面を拳で殴りはじめた。一度、二度、三度と・・・。皮膚が裂け、血がにじむのが、ささやかな蝋燭の灯のなかでもみてとれる。


「拳を、痛めます」


 俊春がいつの間にか蟻通のそばによりそっていて、振り上げた拳を三本しか指のない掌でつかんでいる。それから、自分も地面に座りこむと、手当をはじめた。懐から手拭いをだし、土や砂利をきれいに拭き取る。いつ準備したのか、酒壜から、あらたな手拭いに液体をしめらせ、それでまた傷を拭う。


「いつつ・・・」


 蟻通が、痛みに相貌かおを歪める。


「申し訳ございません。酒で傷を消毒しておきます」


 手際よく、手拭いを拳に巻いてやる。


 その間、おれたちはただ突っ立って、その処置をみおろしていた。


「局長と副長が幼馴染のようなものであることは、先生もご存じですよね。局長に死んでもらいたくない。たとえ、当人がそうのぞんでいようとも。副長ご自身の気持ちは、局長に恨まれようが憎まれようが、力づくでもどうにかされたいのです」


 俊春は、自分が手当てしたばかりの蟻通の拳にを落としたまま、ぽつりぽつりと語る。

 饒舌でトークセンスの抜群な俊冬と比較すれば、俊春のそれは劣る。しかし、だからこそ、一生懸命さが心にしみる。俊冬よりかはわずかに高めの声もまた、耳に心地いい。


 以前、なにかのときにきいたことがある。

 

 双子には、それぞれの役割があるらしい。そのときの状況によって、肉体的頭脳的に臨機応変に対処するという。肉体的には、俊春がメインで俊冬がサポートする。頭脳的には、俊冬がメインで俊春がサポートする。それらは、強くてスマートな双子だからこそなしえる業であろう。

 かなりの確率で、失敗もしないわけである。


「その一方で、その幼馴染の望みをかなえたほうがいいのか、ともかんがえてらっしゃいます。局長は、だれよりも士道を重んじられていらっしゃいます。ここで生き残れば、後悔と屈辱の人生を送ることになります。それをわかっていて、それでも無理矢理生きさせ、恥をさらさせねばならぬのか・・・」


 蟻通もまた、胡坐をかいたまま自分の拳をじっとみつめている。副長も島田も俊冬も相棒も、そしておれも、手拭いできれいにおおわれたかれの拳をみつづける。


「局長は、なにもご自身の身勝手で、死に場所やときを得ようとされているわけではございません。そのときに流山で投降せねば、新撰組が失われるのです。親友が、仲間が、逆賊の汚名を負ったまま果てるのです。そうせねばならぬのです。敵のただなかに、身を投じねばならぬのです」


 正直、うまいと思った。悪い意味ではない。とはいえ、おそらくは俊春がいうほどのことにはならない。流山で、局長がさっさと逃げだしたり、あるいは戦闘になったとしても、新撰組おれたちはうまく逃げおおせることができるはず。そして、そのきっかけは、双子がつくってくれる。甲府のときのように、二人が敵をひきつけたり、攻撃してくれている間に、おれたちは、それぞれの才覚でいずこなりへとも逃げ散り、会津ででも合流するだろう。


 しかし、一方で、そのとおりだとも思えてしまう。

 それとも、俊春の一生懸命語るその口調が、そう思わせるのであろうか。


「土方さん、すまなかった。だが、これ以上、だれも失いたくないし、別れたくもない。これは、わたしのわがままなのであろうか?」


 蟻通は、自分の拳から視線をあげ、副長に問う。しかし、その答えは得られない。なぜなら、副長は、形のいい唇をきつくひき結んだままでいるのだから。


「ぽち、手当してくれたこと、礼を申す」


 無意識なのであろうか。蟻通は、手拭いを巻かれた掌で俊春の頭をごしごしなで、重そうに腰をあげる。


「土方さん。わたしがあんたでなくてよかったと、心底思うよ」


 かれはおれたちに背をむけると、また無意識であろう。軍服の左腰に帯びている愛刀「播磨住昭重はりまのすみあきしげ」の黒色の鞘を、手拭いを巻いていないほうの掌でさっとなで、畜舎からでていった。



「かっちゃんを、よんだ(・・・)のか?」


 蟻通の背が視界から消えたタイミングで、副長が双子に問う。

 その瞬間、副長は糸の切れた操り人形のごとく、ふらふらと地面にへたれこんでしまったではないか。


「副長、大丈夫ですか?」


 島田と二人、驚いて駆けよろうとするも、副長に片掌を上げてとめられてしまった。


「局長は、誠に不思議な御仁です」


 俊冬が、応じる。いったん、花子の馬房に入ると、なにやらささやきながら親仔を順番になで、こちらへ戻ってくる。   

 かれは、いまだ地面に座り込んでいる弟の横に立ち、また口をひらく。


「あれほど人間ひとの機微に敏い方は、稀有です。われらのように、他人ひとの心中や表情をよんだり、はかったりするのとは異なります。これは、ある意味では類稀なる力、才能でしょう。これまで、おおくの人間ひとと接してまいりましたが、おなじような力をもつ人間ひとに出会ったのは、たったの一人です」

「そして、われらの苦手な性質たちでもあります。そういう力は、われらが忌避したきもの」


 俊春はおれたちをみあげ、俊冬の言葉を継ぐ。


 なんと・・・。双子にもそういう苦手なものがあるとは。


 ってか、ぶっちゃけ、局長ってそんなにすごかったのか。

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