眠り王子と暗殺
「早朝より、削蹄をおこないます。新撰組の馬もふくめ、合計で二十頭以上おりますゆえ、できれば隊士の方々にもお手伝いをお願いしたく」
副長に様子を尋ねられた俊冬が応じる。
「人間は、いくらでもいる」
副長は、ソッコー協力を了承する。
馬にしろ牛にしろ、削蹄は大切なものらしい。人間の爪のように、伸びれば削って形を整えてやる。放置すれば角質が脆弱になり、細菌に感染しやすくなってしまう。
馬は、蹄鉄を用いる。日本在来馬は、西洋の馬に比較して蹄がしっかりしているため、その技術が活用されるようになるのは明治に入ってからである。蹄鉄は、馬の蹄を護るためである。土の地面からアスファルトへかわり、それは必需品となってゆく。
ちなみに、馬の蹄鉄、つまり馬蹄は、魔除け、厄除けになり、幸運のアイテムとされている。それが、三日月に似ているかららしい。ヨーロッパでは、玄関に飾っているということで、おれも乗馬をやっていたときにゲットし、玄関に飾っていた。
それは兎も角、削蹄は、だれでもができるものではない。ただみじかく削ればいいというものではないらしい。ゆえに、削蹄師という資格がある。
これで、双子は異世界転生で蹄のある動物やモンスターの削蹄師もやっていたんだということがわかった。
「金子殿から、仔馬に名をつけてくれと依頼された」
「ほう・・・。では、副長が?」
唐突に、副長がそんなことをいいだした。島田が問うと、副長はふん、と鼻を鳴らす。
「かっちゃんか才輔か、ぽちたまか・・・。いい名がありゃあ、だれだってかまわねぇ。せっかくだ。おまえらも、かんがえてみてくれ」
おお・・・。まるで、動物園の「~の赤ちゃん名前」募集のようだ。
俊春が花子の馬房に入ると、花子と双子の仔馬が、かれに鼻面をおしつけはじめる。すると、相棒が花子親子と俊春の間に、無理矢理体をねじこんでしまう。
な、なんてこと。馬に嫉妬しての行動だ。あの相棒が、嫉妬してあんな行動をとるなんて・・・。
惜しむらくは、やきもちをやいてる対象が、おれではなく俊春ってところだ。
ちょっとまてよ。おれがいま、俊春に抱きつこうものなら、相棒は嫉妬のあまり噛みついてくるだろうか?俊春に、ではなくおれに。それどころか、おれが「之定」をふりかざし、俊春に斬りかかろうものなら、護るためにマジで攻撃してくるだろうか。もちろん、おれにたいして。
な、なんてこと・・・。ますます、おれという存在がいろんな意味であやうくなっている。
「・・・主計、主計」
「は、はい?」
ショックのあまり、呼ばれていることに気がつかなかった。
「おまえ、立ったまま寝るなんて、器用なやつだな」
「いくらなんでも、立ったまま寝るなんてことありませんよ、蟻通先生」
ちょっと寝坊しただけで、おれのイメージは、ずっと眠らされてる眠り姫ならぬ眠り王子になってしまった。これならいっそのこと、「こO亀」の四年に一度、オリンピックの年に目が覚め、あらゆる事件を解決する警官「日暮熟O男」みたいに寝まくってやろうか。
もっとも、いま、四年も眠りつづけたら、すべてがおわっていて、明治政府の下、文明開化の音がしまくっているだろう。それこそ、浦島太郎状態だ。
「それで、なんでしょうか?」
気をとりなおして尋ねる。
「やはり、どうにかならぬのか?」
だれもが、そのことで頭も心も悩ませている。だが、正直、どうにもならぬのである。
「近藤さんが出頭するまえに、敵を蹴散らせばいいではないか」
「そうもゆかぬのです、蟻通先生。敵は、数がおおい上に、装備もまったくちがいます。新撰組に甚大な被害がでることは間違いありません。戦って負けて投降するより、戦うまえに敵意のないことを示すため、局長は出頭されるのです」
「ちがうちがう」
蟻通は、駄々っ子みたいに地面を幾度も蹴りつける。小柄な体躯全身をつかい、自分のかんがえを訴える。
「正攻法など、だれがつかう?敵の頭をつぶせばいいのだ。頭がつぶれれば、体躯は、それだけではどう動けばいいかわからぬ。頭はすげかえられるだろうが、即座にというわけにはゆかぬ。なにせ、敵は混成部隊なのだから。敵が手脚をじたばたさせている間に、近藤さんを無理矢理にでも連れだせばいい」
「その頭をつぶすというのは?つまり、暗殺ということか、勘吾?」
腕組みして立っている島田が、確認する。
「暗殺」という一語に、副長も蟻通も島田も、そしておれも、双眸を双子へと向けてしまう。
が、双子はまるできこえなかったかのように、花子や仔たちを藁で拭いてやっている。
「それもかんがえた。だが、かようなこと、かっちゃんが許すわけもねぇ」
「おいおい、土方さん。あんた、かようなときだけ近藤さんに許可を得るのか?これまで、「どこのだれを暗殺する」、「隊士の某を闇討ちする」ってこと、許可を求めてたのか?殺っちまえば、こっちのもんだろうが。ちがうか?」
蟻通は怒り心頭の様子で副長に詰め寄ると、シャツの胸元をつかんで引き寄せる。が、かれのほうが背が低いので、副長の上半身がわずかに揺らいだにすぎない。
ピリピリとした空気が、馬房内をひたひたとあゆんでゆく。花子と仔たちが、怯えたように鼻を鳴らすと、左右の馬房や奥のそれから、牛馬の怯えた様子が伝わってくる。




