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じつは動物好き

「このことをしっているのは、ここにいるもんと新八に左之、斎藤だけだ。正直、おまえらに告げるのは迷った。いらぬ重荷を背負わせたくないからだ。が、おまえらもしっておくべきだと判断した。ほかの連中には・・・」

「いえるかよ、土方さん」


 それまで冷静だった蟻通も、涙を流したことで感情に火がついたらしい。怒鳴り散らしてから、はっとわれに返る。


「すまぬ」


 ぼそりと謝罪する。


「勘吾、おぬしが感情的になればなるほど、副長や主計の負っているものがより重くなってしまうのだ」

「ああ?島田先生、そんなことは承知してるんだよ。だがな、心情こころってもんは、どうにもおさえられぬのだ。いっそ、局長にあてみでも喰らわせ、戦も敵もいないところにいきたいくらいだ」


 そこで、蟻通は口を閉ざしてしまう。


 だれもがおなじ気持ちなのである。おなじ想いを抱いているのである。おなじように、不安とわが身の不甲斐なさに、身を焦がしているのである。


 なにより、もう間もなく訪れるであろう運命さだめに、絶望しているのである。


「主計。それ(・・)は、いつおこるのだ?」

「流山にうつってから間もないときです。敵に包囲され、局長は投降されます。刑は、板橋の刑場でその二十二、三日後に」


 島田に問われ、即座に答える。


「ならば、まだ日にちがあります。副長、できぬとかできそうにないというのは、あなたらしくない。「鬼の副長」は、できぬこと、かなわぬことでも、かならずややりとげる方なのです。あきらめることなかれ。主計のおかげで、かえられる運命さだめがあるのです。これまでにも、いくつかかえてきましたよね?此度もかえればいいだけのこと」

「島田先生の申すとおりだ。すまぬ。わたしらしくもない。面倒だが、なんでもやるからいってくれ」

「島田、勘吾・・・。ああ、そうだな。おまえらに話してよかったよ」


 そう簡単にゆくはずもない。それでも、組長たちがいないいま、この重荷をともに背負ってくれる仲間がいるというだけでも心強い。


 副長は、さりげなく指先で涙を拭っていた。


 


 馬の仔ってすごいって思う。よちよちあるきではあるが、お母さんのあとをついてまわっている。とはいえ、まだ馬房のなかだけのことであるが。


 どうしても、相棒の様子がみたくなった。

 

 くどいようだが、けっして仔馬の様子をみたいというわけではない。

 

 夜、相棒がさびしがってやいないか。クンクンと、母や兄弟姉妹とわかれたばかりの仔犬みたいに、鳴いてやいないか。


 心配で心配でしかたがない。ゆえに、みなが寝静まったあと、部屋をこっそりぬけだし、畜舎にいってみた。


 けっして、今朝、セットしていたはずの目覚ましがならず、眠りすぎたから眠れぬというわけでもない。


 そういえば、昔から目覚まし時計などというものをつかったことがない。おおくの現代人がやっているように、スマホの目覚まし機能をつかっているからである。


 それは兎も角、畜舎にいくと、複数の人間ひとの気配がする。それは、もとから畜舎ここで寝起きしている牛馬の数よりおおく感じられる。


 複数の人間ひとが、花子の馬房のまえで柵にもたれて見学しているのが、畜舎の入り口からみえる。


 副長に蟻通、それに島田。さらに、馬房内にだれかいるようだ。


 馬房にちかづいてみると、副長たちが気がつき、こちらへ視線を向けてくる。


「なんだ、主計か」


 ちかづいてゆくと、蟻通がいう。



「ええ、おれです」


 それがなにか?的に応じる。


「蟻通先生は、馬に興味がないとばかり思っていましたが」

「悪かったな、ここにいてよ。馬に興味がないわけではない。犬でも猫でも鳥でも馬でも、動物は好きだ。が、どうも情がうつりやすくてな。ゆえに、あまり接しないようにしているんだ。まっ兼定は、すぐに別れるようなことはないだろうから、接してるがな」


 蟻通の意外な一面である。てっきり、世話をするのが面倒くさいってやつかと思っていた。


「お母さーん。ほら、かわいいでしょう、このウサギ。学校のかえりに捨てられてたのをひろったんだ。飼っていいでしょう?」

「なにいってるの、あんた。犬のシロも猫のミーもインコもカメもカブトムシもカイコもハムスターも金魚も、結局、ぜーんぶお母さんが面倒みてるんじゃない。これ以上は、ぜったいに、ぜったーいにダメ。さっさと捨ててきなさい」

「なんだよ、くそババア」

「くそババアって、だれにむかっていってるの?こら、まちなさい」


 ウサギを抱え、家を飛びだす蟻通。

 こんな感じかと、勝手に想像していた。


「ちょっとまて、主計。いま、どのような想像をしておる?」

「ひ・み・つ」


 さすがに、蟻通もいまの内容までは、おれの表情かおからよめなかったようである。


 唇をすこしとんがらせ、そのまえに右の人差し指を立てて色っぽく返してみる。


 まさしく、あの(・・)おねぇのごとく・・・。

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