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ゆけぬ理由(わけ) 

 直後に訪れた沈黙。障子の向こうから、「ちゅんちゅん」と雀たちがさえずっている。

 いつの時代でも、そのさえずりはおなじようにきこえるし、のどかな印象を受ける。

 雀のさえずりは、求愛や警戒、餌をみつけたりとか、雀同士のコミュニケーションにつかわれているのだとか。つまり、なんのへんてつもない「ちゅんちゅん」も、バリエーションがあって、雀たちはちゃんと会話をしているわけである。


 そういえば、双子のまわりによく雀が集まっている。異世界転生か昔話のなかで、かれらならきっと雀のお宿で葛籠をもらったことがあるにちがいない。あるいは、雀タイプのモンスターと仲間を求めて旅したことがあるだろう。

 雀の気持ちや会話が、わかるにちがいない。


 などと、雀に逃避している場合ではない。島田と蟻通の視線から逃れるように、思わず副長をみてしまう。それが合うと、副長が「おまえが告げてくれ」と、いっているように思えた。その依頼に、思わず躊躇してしまい、無意識のうちにを双子へと転じてしまう。もちろん、かれらもこちらをみている。


 その二人のに、なにゆえかどきりとしてしまう。変な意味でではない。例のごとく、得体のしれぬものを感じたからである。


 仕方がない。観念する。たったワンフレーズ。いや、一語でいいのだ。たった一語、口からだすだけでいい。その一語だけで、島田も蟻通もすべてを理解できる。


「斬首でございます」


 口をひらきかけたタイミングで告げたのは、俊冬である。すると、島田も蟻通も、はじかれたように俊冬へと視線を転じる。


「斬首?」

「斬首?」


 生まれてはじめてきいた単語のごとく、それを口にする二人。一拍置いて、やっとそれを理解したらしい。あっという間もなく、驚愕の表情かおへとかわる。


 だが、二人とも大人である。

 心中では精神こころを落ち着け、脳内では状況を整理しているだろう。


「いまので、流山への転陣をとめる理由わけはわかった」


 ときにすればどのくらいだろう。最初に口を開いたのは、蟻通のほうである。   

 小柄なかれは、気を取り直すように背筋を正し、上座に座す副長をにらみつける。


「だが、なにゆえ転陣じたいをとめぬのだ、土方さん?」


 たいてい、かれは副長のことを副長と呼ぶ。それをあえて土方さんと呼ぶときは、かれがマジに怒っているときか、うれしいときらしい。つまり、感情をそのまま吐露するときにかぎり、昔なじみの副長のことは土方さんと、局長のことは近藤さんと呼んでしまう。

 以前、なにかのときに、永倉か原田にそうきいた。


 かれは試衛館派ではないものの、新撰組結成初期の時分ころからの仲間で、当初は近藤さんや土方さんと呼んでいたらしい。


「それがわかっていながら、なにゆえいかせる?」


 さらにたたみかける蟻通。その隣で横顔をみつつ、静かなる怒りというのは、こういうものなんだと、ひしひしと感じてしまう。


 島田は、真向かいで腕組みしたまま瞼を閉じている。


「わかっている。とめたろうよ。だが、とめきれない。だったら、とめてないのとおなじだ。ちがうか、土方さん?」


 冷ややかな表情かおで責める蟻通。副長は、視線を畳に落としたまま口を開こうとしない。


 副長にたいしてこんなことをいえるのは、試衛館派のメンバーをのぞいて、山崎と島田、それからこの蟻通くらいだろう。

 剣だけでなく、柔術だってそつなくこなす蟻通である。それに、スマートでもある。が、かれは無類の面倒くさがりで、手下てかの面倒をみるのがいやということで、ずっと平隊士としてすごしてきた。

 もっとも、組長たちがいなくなったいま、そういうわけにもいかないが。


「ああ。そのとおりだ、勘吾」


 畳にを向けたまま、副長はうめくように応じる。


「近藤さんは、しってるのか?しってて、いくっていってるのか?」


 蟻通の容赦のない問いが、つづく。


「局長は、気づいています。その、蟻通先生。副長のせいではありません。このことをしっている者すべてが、気持ちを伝え、とめようと努力しているのです。ですが・・・」

「わかってる、主計。あらかた、しんぱっつあんや左之さん、斎藤もしってて、とめたんだろう。ったく、近藤さんて、相貌かおのごつさのわりには、人がよくってやさしすぎるからな」


 蟻通は、ちいさくため息をつく。


「局長は、死ぬことを受け入れている。新撰組とわれわれのために。なにより、誠のために」


 それまで無言であった島田が瞼をひらき、お告げのごとく発言する。そのやさしいまでの双眸は、障子を突き抜け、空いっぱいにひろがる雲へと向けられているようだ。


「どこかに無理矢理監禁するというのは・・・。まぁ無理だな・・・。どうしようもないのか、土方さん?」

「あきらめたわけじゃねぇ」

「あたりまえだ、土方さん。いかに当人が受け入れようが、斬首など理不尽もいいところだ。それどころか、切腹だって・・・。ちくしょう・・・」


 ここではじめて、蟻通の双眸から涙がこぼれ落ちた。すぐに掌の甲で、それを拭う蟻通。


 思わず、みてみぬふりをしてしまう。

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