外資系企業への転職とニセの散歩係
「局長」
そのタイミングで、廊下に現代っ子バイリンガルの野村があらわれた。
「イッツ・アバウト・タイムです」
「利三郎。おまえ、転職した方がいいんじゃないのか?そんだけバイリンガルなら、外資系の企業で活躍できるぞ」
思わず、嫌味をいってしまう。
「ノンノン、ジュ・テーム。ここがすべてなのさ」
フレンチまできたーっ!しかも、ウインクまでして、ムダにかっこつけてる
「そうだな、利三郎。歳、軍資金集めにいってまいる」
局長は、双子にくず餅がおいしかったと礼をいい、野村とともに部屋からでていった。
「あの、副長。なにゆえ、流山への転陣を反対されるのでしょう?」
局長が去ってからしばらく間をおき、島田がおずおずと尋ねる。
副長は、島田と視線をあわせるも、それに応えるつもりはないかのように、口をひき結んでいる。
「敵がまだ進軍していないところといえば、江戸から東か北かってことになる。幕府側のほとんどが、そっちへ流れてしまう。しかし、敵も、そのことはみこしている。ゆえに、討伐するために兵を送るだろう」
蟻通が、欠伸をかみころしつつ述べる。それから、同意を求めるように副長のほうへ視線を向ける。
「ああ・・・」
副長はうなずくも、蟻通ではなくおれをみている。
副長のアイコンタクトに、無言でうなずいてみせる。
「島田、勘吾。ちょうどいい機会だ。伝えたいことがある」
そうきりだすと、俊春が廊下側の障子をすべて閉ざす。
その内容がシークレットであることを、島田も蟻通も気がついたらしい。副長が小声で告げることを想定し、ちかくによる。
もちろん、双子とおれも。
「島田にはこのまえ伝えたんだが・・・。勘吾、この主計は、将来のことがわかってるんだ」
「ええ?この主計が?」
ちょっ・・・。「この」?「この」あつかい?いったい、どういう意味での「この」、なんだ?
「将来がわかっているのに、兼定の散歩係?」
「そうなのです、蟻通先生。はずかしながらこの主計、将来がわかっているにもかかわらず、それをまったくいかしきれていないのです」
「ちょっ、たま。なにゆえ、おれの台詞をパクるんです?もとい、横取りするのです?ってか、なりすますんです?」
「おぬしがいいにくそうにしておったから、気をきかせて応じてやったのだ。かようなものいいはなかろう?」
「どおりでな。かわり者だと思っておったのだ」
「蟻通先生。変人だと、よくいわれますよ。でも、あたってますからね。おれは、変人で助兵衛で役立たずの腐散歩係ってわけです。はははっ!」
「ちょっ、ぽち。それもおれの台詞ですよね?ってか、真似、じゃなくってでたらめいわないでください。しかも、自虐ネタすぎるのに、はははってさわやかに笑いまでつけるなんて。ってか、だれが変人で助兵衛で役立たずの腐散歩係なんです?」
「おどろいた。ぽちもたまも、主計にそっくりだ」
「誠の主計に、偽の主計ってやつだな。でっ、こっちが誠ってわけだ」
蟻通の指は、たしかに双子を指している。
「いや、そこじゃないでしょう、島田先生、蟻通先生。ってか、蟻通先生、おれが偽物ってひどいじゃないですか」
完璧なるイジメだ。
「やめねぇか。ったく、どいうもこいつも真面目な話になると、すぐにふざけやがる」
副長がたしなめてくれた。
たしかに、みな、真面目な話題は苦手である。
「こっからが問題だ。島田、勘吾。新撰組が流山にうつってすぐ、敵がやってくる」
副長は、より声のトーンを落としてからつづける。
「新撰組は、包囲されちまう。そこで、新撰組を救うため、かっちゃん、否、局長が投降するんだ」
その説明に、島田と蟻通は息を呑んでたがいの相貌をみつめている。
「それは・・・。そりゃぁ、移るのを反対するよな」
ややあって、蟻通がぽつりとつぶやく。そういうしかないかのように。
「それで、局長は?どうなるのです?」
島田である。敵に投降して、盛大な饗応で歓待されるとは考えにくい。そのさきが気になるのは、だれしもおなじことであろう。
その問いに、副長は答えぬままただ視線を障子に閉ざされた向こうにある庭へ向けただけである。
あきらか、答えにくいというそのジェスチャーに、島田も蟻通も脳内で推測し、自分の推測に困惑している。おろおろと視線を副長から双子、それからおれへと転じる。
「ま、まさか切腹させられるのか?」
ひきつった笑みにそえられた蟻通の問いは、副長にではなくおれに向けられたものである。




