関東郡代の本音
「兎に角、よかった」
局長は、自分が使いにやった二人が無事でよかった、と心底安心したのであろう。
その安堵感は、『はじめてのお使い』へと送りだし、無事にミッションを成功させた幼稚園児のわが子をみる母親のごとし、かもしれない。
局長は膝立ちのままバックし、元の位置に戻ると座りなおす。気持ちを落ち着かせるためか、おもむろに湯呑みをつかんでそれをかたむけ、いっきに茶を流し込む。
「近藤局長の使者であるわれらに拳銃を向けて発射したうえに、巨躯の兵士数名にかからせました。それを、ぽちが箸で頬をなでたのです。歯は、その兵たちのもの。どうやら、親不知か抜けかわる時期だったのでしょうな」
「いや、そんなはずありませんよね、たま?」
またしても、ツッコんでしまうおれ。
俊冬は、にっこり笑ってスルーする。
「『ただいまのは、近藤局長、ひいては新撰組に向けたもおなじこと。そして、われらはかようなくだらぬ画策が大嫌いである。これまでに、おなじようにしかけてきた味方がどうなったのか?此度のことを煽動した御仁は、其許に伝えましたかな?』そう、穏やかに尋ねたのです。佐々井殿や、その郎党の亡骸に向かって」
「ぶはっ!」
局長は、口に含んだ茶を盛大に噴出させた。
茶の洗礼を、もろにおれがうけてしまった。
「す、すまぬ、主計」
奥方メイドの着物であろう。局長は、シックな色合いの着物の懐から手拭いを取りだすと、おれへと膝行しようとする。
「局長、大丈夫です」
局長の力で頭部や相貌、胸元をごしごしやられたら、皮膚も頭皮も剥がれ落ちてしまう。
手拭いを借りておくだけにする。
「なんだ。結局、殺っちまったのか?」
なにゆえか、イケメンを明るく輝かせつつ問う副長。
「まさか。われらは、ただの使者。たとえこの身をばらばらにされようと、われらは使者としての務め以上のことはいたしませぬ」
100%以上の確率で、この世でもあの世でも、ついでに異世界でも、双子の身をばらばらにできる存在はいない。
「にゃんこの語りに感動されたのか、あるいは、わんこの芸に感動されたのか、佐々井殿とその郎党の相貌は真っ白で、それはもう亡骸のようでございました」
「だろうな。おもしれぇ。ざまあみろってんだ」
副長は、よほど関東郡代の対応に不満がたまっているのであろう。
「局長、副長」
不意に、俊冬は表情と声音をあらため、きりだす。その隣に座す俊春も、真摯な表情で、上座に座す二人をひたとみすえている。
「われらのことは兎も角、かれらの愚考が残念でなりませぬ。新撰組を・・・」
そこで、いいにくそうに言葉を止める。
「かまわぬ。つづけてくれ。よくは思ってはおらぬことを、先日対座した際にも感じておったゆえ」
俊冬は、局長にうながされ、再度口をひらいてつづきを語る。
「生贄にさしだそうという魂胆が、みえみえでございます」
「生贄?」
島田がつぶやく。
すなわち、自分たちが助かろう、もしくはすこしでもいい立場にたとうと、新撰組を最大限悪人に仕立て上げ、敵にさしだそうというわけだ。
いわく、「これ以上、暴れて手を煩わせることのないよう、五兵衛新田に封じ込めております」とか、「爪牙を抜き、飼いならしておる最中でございます」とか。
俊冬は、佐々井から感じたことを淡々と語る。
そのバックに、勝と勝派の幕閣の存在がみえかくれしているらしい。
「ですが、最後には人払いをし、わずかな間ですが、佐々井殿と面突き合わせて本音で語り合うことができました。先日の局長との会見で、個人的には局長の幕府を想うお気持ちに感銘を受けておられるようです。『味方のお偉方の瞳と、くだらぬしがらみから逃れ、思う存分敵と戦ってもらいたい』と、おっしゃっておいでです。さらには、『公式の書状に、否としか書き記すことのできぬ、いっかいの公人を赦してほしい』、とも」
そして、双子は同時に頭をさげる。
「そうか・・・。佐々井殿が、かようなことを・・・」
局長のいいところは、他人のいう言葉を素直に受けとめるところである。それがたとえ、お人よしだとか、だまされやすいとかであっても。
おれは、それが局長の最大の長所だと信じている。
副長が局長の横で、俊冬と俊春へ、それからおれへと視線をうつす。
俊冬の嘘を、といってしまえば御幣があるかもしれない。捏造?曲論?兎に角、局長の気持ちを思い慮っての言であることを、副長もおれも気がついている。
おそらくは、局長自身も。
「了承は得られなんだが、新撰組は、うつるよりほかない」
局長は、転陣の宣言をする。
「二人ともすまなかった。よもや、使者を害そうとのたくらみがあったなどと、想像だにせなんだ。味方だというのにな」
「かっちゃん。二人にいってもらってよかったんじゃねぇのか。これが二人以外であれば、返書がわりに塩漬けの首級が送られてきたってことも、あったかもしれねぇ」
「歳・・・。そういう問題ではない。佐々井殿の真意に気づかず、二人を死地に追いやったわたしの不徳のいたすところ」
「局長、副長のおっしゃる通りでございます。死地などとおっしゃられますな。われらにとっては、死地どころか、貴重な情報源。これで、すくなくとも味方の真意がはっきりいたしました」
俊冬の声は、あいかわらず気持ちをおだやかに、ていうか脳内と精神をぼーっとさせる。




