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友好的なコミュニケーション

「書状で、関東郡代にその気がねぇってことはわかった。たま。局長の書状以外で、なにを伝えた?」


 副長が心底ワクワクしてる感満載でそう尋ねたときには、おれもふくめて全員がくず餅を喰いおわっていた。


 俊冬の傷のある相貌かおに、やわらかい笑みが浮かぶ。


「佐々井殿は、われらの噂をどこからかきいたらしく、対座するだけでわかりあおうという気概をもっていただけたかと」


 佐々井は、勝やほかの幕臣から双子のことをきいたのであろうか。

 それも、とんでもなくダークな部分について。


 部屋に一対二で座し、言葉もなく向き合えば、だれだって平静ではいられないだろう。

 もちろんそれは、「きみとぼく、言葉なんてなくったってわかりあえるさ」、なんてさわやかなシチュエーションではない。


「空気をよめや、ごらあああっ」のシチュエーションである。


 こんな調子で、双子の突拍子もない奇襲攻撃は、敵だけでなく味方にも被害がじわじわとひろがってゆくのだ。


「書状をご覧になっていただいた後にその返書をいただき、歓談いたしました。佐々井殿は、たいそうおつかれのご様子でした。しょっちゅう瞼を閉じ、うつむかれておられましたゆえ。そのつど、ぽちが相貌かおをささえ、耳朶に励ましの言の葉を投げかけねばなりませんでした」


 まだ話のつづきがあるようだ。しかも、その内容から、物騒なイメージが脳裏に浮かぶのは、おれだけであろうか。


 だれかが唾をのみこむ音が、室内にやけにおおきく響いた。


「佐々井殿の笑顔は、それはもう自然ですばらしいものでございます。わたしも、あれほど自然に笑みを浮かべられればと、うらやましくてなりませんでした。それから、記憶力もたいそうすばらしくあらせられます。しかも、それをおなじ文言で繰り返す我慢強さは、日の本一と申しても過言ではございません」


 そういって浮かぶ笑みは超自然で、どこからどうみてもぎこちなさのかけらもない。


「いったい、なんと申されたのか?」


 局長の問いに、俊冬は超絶ナチュラルな笑みを浮かべる。


「けっして、遺恨があるわけではない。わたし個人ではなく、城の決定でござる、と」


 俊冬はそういいつつ、右に左に頭部を傾ける。


 城とは、いうまでもなく江戸城である。いまはまともに機能していないはずの幕府のお偉方から、そうつっぱねるよう命じられているわけだ。


「たま、尋ねるまでもないと思うのだが・・・」


 からになった漆器の小皿に、まだくず餅が山とのっているかのように凝視しつつ、島田が口をひらく。


「無事、なのか?」

「無事?」


 俊冬は、まるでその一語がこの世のすべてを燃やし尽くしたかのように、頓狂な声をあげた。


「はて・・・。われらはすこぶる元気でございます。あぁだれかさんは、頭の中身と耳朶とが悪うございますが」

「いえ、たま。島田先生は、関東郡代のことをおっしゃってるんです」


 ボケる俊冬に、冷静にツッコんでしまう。


「あぁ佐々井殿のこと、ですな?ぽち、あれを」


 俊冬が指で合図を送ると、俊春は粗末な着物の懐からなにかを取りだし、膝行してみなの中心部に、それを並べ置いた。


 弾丸たま、である。ガン見し、やはり弾丸たまでることを認識する。それと、白い塊・・・。


「われら局長の使者にたいし、佐々井殿はすばらしき饗応を準備されておいででした。局長の使者にたいして、でございます。それがまた、じつに手際が悪い。すばらしきはずの饗応は、主人の采配がまずいばかりに、こちらが気の毒になるほど不首尾におわってしまいました。そのなれの果てが、この弾丸たまと歯、なのです」

「歯・・・」


 おれもふくめた全員が、口中でつぶやく。


「使者がわれらと気がつき、佐々井殿はおおあわていたしました。ですが、使者がなに者であろうと、局長の使者にかわりはございません」


 ふんわりとした俊冬の笑顔がおそろしすぎる。


「うつけにもほどがありましょう。使者を監禁し、足止めをさせようとの策略。それが佐々井殿のものではないことは、想像に難くない。拳銃をもたせた兵を配置し、ご自身も」

「なんてことだ」


 淡々と、それこそ物語的に語られるその事実に、局長は動揺を隠せないでいる。


 そこまでして、流山にいかせたくないのか・・・。


 新撰組は、このままおとなしく敵軍につかまり、敵によって投獄なり断罪なりしてもらいたいのか。


 自分たちがどうにかするより、よほどスマートに、さらには逆恨みもすくなくおこなえる。


「それで、おぬしらは?誠に、誠に大事ないのか?」

「かっちゃん。落ち着いてくれ。よくみろ。二人ともぴんぴんどころか、元気があり余ってるって感じじゃねぇか」

 

 局長は、双子を「局長バンバン」の餌食にしようと、腰を浮かせて膝行しようとしている。

 それを副長が、冷静におしとどめた。


「潜んでいた兵の拳銃の弾丸たまは、ぽちが箸でつまみました」

「箸でつまむ?」

「蟻通先生。ぽちは、においだけで蠅や蚊を一度に五匹、箸でつまめますゆえ」


 ツッコミどころ満載である。なにゆえ、箸を持参していたのか?

 

 蠅や蚊を箸でつまむのは、往年の功夫映画の鍛錬のシーンにあったように、動体視力を養うためのものかと思っていた。

 それをにおいでって・・・。なんのために?それよりも、どうかんがえても蠅や蚊より、弾丸たまのほうがはやすぎる。それを、箸でつまむ必要があるのか?

 

 まさか、そのパフォーマンス用に、箸を持参したとか?だとしたら、箸でつまむ云々以前に、訪れるまえからそのような事態に陥ることがわかっていた、ということになる。


 局長も副長も島田も蟻通も、おれと同様のことを、無限ループ的に心中でかんがえているだろう。


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