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くず餅

「くず餅でございます」


 二人は、それぞれのまえにくず餅と湯呑をおき、部屋の隅に並んで座す。


「うまそうな、くず餅だな」

「亀戸天神のちかくにございます店で購入いたしました、局長」

「ああ、「船O屋」。あそこのは、絶品だ」


 そう太鼓判を押したのは、新撰組のスイーツ男子だんしの島田である。


 たしか、「船O屋」の創業は、1800年代に入ってからのはず。島田は、江戸に剣術修行にきた際に、そこをしったのであろう。


「京の「笹O伊織」の葛も最高にうまいが、「船O屋」のくず餅はその上をゆく」

「島田先生。「笹O伊織」は、葛よりどら焼きが最高なんです」


 思わず、地元かわいさでツッコんでしまう。


 いっておくが、「笹O伊織」のどら焼きは『ドラOもん』が好きなそれとは形がちがう。


「笹O伊織」じたいは、たしか吉宗よしむねの時代に創業したはず。1700年代に入ってからである。以降、御所や神社仏閣、茶道関係におさめたらしい。あるとき、東寺のお坊さんから菓子をつくってほしいと依頼され、鉄板のかわりに寺の銅鑼で焼いたのがはじまりという。ゆえに、どら焼きなわけである。


 生地を鉄板に流しいれ、そこに餡を棒状にのばしおく。生地をくるくると巻くのである。円柱形で、棹菓子の部類に入る。オーソドックスなどら焼きとはちがうわけだ。


 棹菓子といえば、以前、おねぇと超絶ハードなポッキーゲームをやったことを思いだしてしまう。あのときは、「雲龍」という棹菓子でやったのだ。


 正直、もう二度とごめんである。


 それは兎も角、そのどら焼き、お坊さん向けのため卵を使用していない。さらには、最初は東寺にだけおさめていたので、弘法大師の月命日だけつくっていて、市井にでまわりだしても一日のみの販売。昭和四十年代くらいに販売が三日間になり、それが現代までつづいているはず。つまり、幕末いまは月に一度の限定商品というわけだ。


 と、ついつい熱く語ってしまった。 

  

「そうなのだ。じつに無念きわまりないが、喰えなかったのだ。努力や根まわしをしてみたのだが、手に入らなかった。これだけが、心残りでな。いずれにせよ、「笹O伊織」のどら焼きは、喰わねばならぬもの。思いだすと、また悔しさが増してきた。この戦がおわったら、京に戻ってどら焼きを堪能したい」


 島田は、めっちゃマジな表情かおで、思いの丈を語る。


 いや、島田よ。そこまで執着していることにもびっくりだが、いまのを実行に移すなんて、びっくりをこえ、もはや脅威である。

 

 かれが生き残り、生涯、京ですごすことになるのは、ひとえにどら焼きのためだったとは・・・。


「島田・・・。ああ、ぜひともそうしてくれ。おれも、応援するぞ」


 島田の将来さきをしっている副長が、思わず激励する。


 さて、関東ではくず餅、関西では葛餅と表現されるが、原材料も製法も異なる。関西は、吉野の葛粉に砂糖と水をくわえ、火にかけてよく練っていく。すると、透明になってとろみがつく。それに対し、関東は乳酸菌で発酵させた小麦でんぷんでつくるのである。ゆえに、食感もちがう。


 どちらも、現代につづく名店である。


 京の「笹O伊織」の葛は、現代で喰ったことがあるが、控えめにいってもうまかった。


 さて、関東のは・・・。さっそく、試食させてもらう。


 ほぼ台形にちかい形に切りそろえられており、厚みは1cm弱といったところか。双子はそれを、こぶりの朱塗りの漆器に七、八切れほど、二段に重ねてきれいに並べている。上にきな粉と黒蜜がたっぷりかかっている。とはいえ、黒蜜は重みで下にたまってしまっている。

 きな粉の黄色、黒蜜の黒色、くず餅の白色、器の朱色が、それぞれの色を誇っている。竹製の楊枝が、ひかえめにのっている。


 なにゆえか、全員が無言のまま食す。それはまるで、なにかの儀式のようである。


 上の段を一つ楊枝でつきさし、下にたまっている黒蜜をすくうようにしてからめる。かかっているきな粉がさらっと落ちてしまったが、大半はくず餅にしがみついている。そして、黒蜜の襲来にもめげず、それをはねかしてしまう強靭さもあるようだ。ゆえに、くず餅の下の部分だけ黒蜜で黒く染まる。


 口のなかに放り込む。きな粉の風味が口いっぱいにひろがる。咀嚼するまえに、舌でくず餅を突いてみる。ぷるぷるとした食感は、やはり京のものとはちがう。

 ゆっくりと咀嚼する。わずかな歯ごたえがあるものの、すぐに溶けてしまう。


 う、うまい・・・。さすがは、現代でも有名な老舗の名物だけはある。ただ、めちゃくちゃ甘い。島田向きかも。もっとも、現代ではニーズに合わせて甘さも控えめになっているにちがいない。ほかのおおくのスイーツと同様に。


 どちらがよりうまいと軍配はあげられないが、関東風のくず餅もおいしくいただいた。


 どちらの老舗も、自分の金で購入するのはそうそうできないが、いただくとかご褒美にとかだったら、ウエルカムである。


「あぁうまかった。して、これは?」


 局長は、だれよりもはやく完食して問う。島田は二人前のため、局長よりかは完食するのがおそいようだ。


「だれからの、かな?」


 どうやら、これだけの一品を大人買いする費用のことを尋ねているらしい。


「ぽちの小遣いで、佐々井様におもちいたしました。佐々井様は、たいそうおよろこびになられました。おなじものをぜひ、局長をはじめ「新撰組われわれ」にと」


 俊冬は、しれっと笑顔で答える。


 俊春の小遣いで一人分購入し、倍返しどころかなん十倍、いや、全員分あるとすれば、なん百倍返しになる。


 双子・・・。あいかわらず、いろんな意味でおそろしい男たちである。

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