ささやかな勝負
一足一刀の間合いで、たがいに構える。その瞬間、相手が豹変した。それまでの気弱だった感じが、じつに堂々としていて、ものすごい圧をはっしている。なにより、愉しいという気持ちがひしひしと感じられる。
面のなかからだと、相手の双眸くらいしか感じられない。瞳の動きで、よんでいける。だから面のないいま、双眸以外でもなんらかよめるはずなのに、それがまったくできない。それどころか、あまりの圧に正視する余裕すらない。
気がついたときには、相手の剣先がおれの頭上ぎりぎりのところでぴたりと止まっていた。
竹刀を振りかぶり、それをおろす。あるいは、おれの竹刀を擦り上げ、おろしてくる。そんな動きはまったくなかった。あったのかもしれないが、感じられなかった。いや。そもそも、正眼に構えたおれの近間にすら入っていなかった。背が高く、リーチもあれば、片掌を伸ばして打ち込んでくるこはできる。が、相手はそのどちらもない。それなのに……。
漫画にでてくるような「天才」なんかじゃない。漫画そのものだ。
「肇、大丈夫か?」
親父に肩を叩かれるまで、竹刀を構えたまま呆然としていたようだ。
はっとして親父をみあげると、親父は笑顔で言った。
「気にする必要はない。おれも、やられたからな」
「マジで?父さんが・・・?」
おれを慰めるための嘘だとわかっている。
でも、慰めてくれなくってもよかった。なぜなら、不思議と悔しいと思っていなかったから。
ちいさいほうの子の構え、いや、気はどこかちがっている。親父のものや、ほかの警官や練習仲間のものとも。テレビや試合場でみる剣士たちのものとも。
竹刀を袋にしまってから、親父からもらった小銭を握りしめ、公園と道路をはさんで向かいにあるコンビニにはしり、アイスを購入した。夏には鉄板の、「ガリOリ君」である。ラッキーなことに、ソーダ、コーラ、グレープフルーツにイチゴ、すべてのフレーバーがそろっていた。それらを袋に入れてもらい、公園へはしって戻る。
入口から、親父と少年たちの姿をみ、なぜか脚をとめてしまった。
親父が、かれらの頭をなでている。満面の笑みを浮かべて。おれでさえ、頭をなでてもらうなんてことはめったとない。それなのに・・・。そして、かれらも、すっごくいい笑顔でなでられている。
ぱっと見、すっげー仲のいい親子みたいにみえる。
それを目の当たりにし、嫉妬よりも疑惑で頭のなかがいっぱいになった。
もしかして、親父の隠し子か?あの子たちは、母さんちがいの兄弟なのか・・・。
そう疑ってしまうほど、三人は街灯の下で親子をやっている。
しまった。「ガリOリ君」がとけてしまう。頭を軽く振り、三人のもとへ慌てて駆けよる。
「これ、うまいで」
両掌でコンビニ袋の口をひらけ、中身がみえやすいようにする。
「さきに選んでや」
袋を二人にさしだすと、おおきいほうの子が「ありがとう」と礼をいいつつ袋に掌を入れようとする。が、それが中途でとまった。それから、掌をひっこめた。
すると、そのかわりにちいさいほうの子が掌を入れ、ちょっと迷ったすえに、ソーダ味を選んだ。おおきいほうの子が、ちいさいほうの子に譲ってやったのか。そのかれは、掌を入れコーラ味を選んだ。つぎにおれで、イチゴ味。親父は、必然的にグレープフルーツ味である。
立ったまま、四人でささやかな涼を味わう。
「おいしいね」
ちいさいほうの子がおおきいほうの子に笑顔でいうと、おおきいほうの子が「うまい、だ」と訂正した。
「そのほうが、男らしい」
それから、ぽつりと付け足した。
兄弟なのだろうか?フツーはそう感じるはずなのに、この二人からはなぜかそう感じられない。
そのタイミングで、公園のまえに黒くてごつい車がとまった。なかから、車にコーディネートしているかのような黒色のスーツ姿のごつい男が二人おり立った。二人とも、こちらをみている。どちらも、ハリウッド映画にでてくるシークレットサービスやFBIやCIAの捜査官みたいに、威圧的だ。夜なのに、黒色のグラサンをかけているというのも、映画とおなじである。
「ミスター。時間のようです」
「ああ。二人とも、気をつけてな」
「ええ。ミスターも気をつけてください」
「もういくん?」
そう尋ねると、おおきいほうの子が相貌をよせ、耳にささやいてきた。
「おれたちは、きみが考えているような存在じゃない。ミスターの息子はきみだけだよ、肇君。それから、あいつと勝負してくれてありがとう。アイス、うまかったよ」
驚きすぎてなにもかえせぬうちに、かれの相貌も体もはなれてしまう。
「See ya (またね)!」
ちいさいほうの子は、おれたちにはにかんだ笑みをみせると、おおきいほうの子を慌てて追う。
二人は、黒服たちとともに車にのりこみ、去ってしまった。




