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少年たちと相馬親子

 おおきいほうの子は、おれとタメくらいか。ちいさいほうの子は、二つか三つほど下にみえる。


 二人とも、髪は短く刈り揃えていて、ダブダブの長袖のロンTにカーゴパンツ姿である。トレッキングブーツのようなものを履いている。

 Tシャツは、白地にアルファベットでなにかを訴えているようだが、おれには意味がわからない。


 おおきいほうの子の右頬に、おおきな傷がある。それは、刃物ででもきられたかのようになまなましい。


 おおきいほうの子のから、自分のそれをそらすことができない。怖いとかではない。なにかに惹きつけられているっていう感じである。


「あの・・・。それ、剣道でつかうもの?」


 おおきいほうの子のうしろで、ちいさいほうの子が指をさした。そのタイミングで、サイレンを鳴らしながら救急車がはしり去ったので、かれが指をさしていなかったら、なにをいっているのかわからないところだった。

 

 発音がおかしいと思った。やはり、日本人じゃないのかな、とも。


 それよりも、その掌に指が三本しかない。おおきいほうの子の頬の傷に、ちいさいほうの子の掌の指・・・。虐待でもうけているのだろうか。


「うん。剣道の竹刀と防具や。ごめんやで。練習やって汗かいてもうてるから、臭いやろ?」


 みなかったことにした。初対面である。ガン見するのも失礼すぎる。だから、自分の道着と袴をみおろし、鼻をつまんでみせて笑いをとってみた。すると、ちいさいほうの子がくすくすと笑いだし、おおきいほうの子は、穏やかな笑みを浮かべる。


「剣道、かっこいいよね」


 よほどシャイなのであろう。ちいさいほうの子は、そういいながらもおおきいほうの子のうしろでこちらをチラ見し、もじもじしている。

 しかし、剣道に興味があるのか、防具と竹刀をみつめるは、きらきらと輝いている。


「せや。時間あるん?ちょっとやってみぃひん?」

「For real (ほんとに)?」


 ちいさいほうの子は、おおきいほうの子のうしろで飛びはねだした。ほんとうにうれしそうだ。


「いいでしょう?」


 それから、ちいさいほうの子はおおきいほうの子の相貌かおをのぞきこんだ。


「ミスターの許可がでたらな」

「おい、肇。またせてすまん」


 おおきいほうの子の声が、親父の声にかぶってしまった。振り向くと、警察署のほうから親父が駆けてくる。道着と袴から着替えた白いシャツにスラックスは、どちらもよれよれである。この薄暗いなか、それらがくっきりはっきりわかった。


 なにやら、ずいぶんと慌ててるようだ。


 ははーん。事件やまでも入って、さきにかえれっていいにきたんだな。


 いつものことである。慣れているとはいえ、落胆が宵闇ににじみでてしまいそうになる。 

 だが、心配をかけてはいけない。いつものように、笑顔をつくって親父に向き直って返事をした。


 が、親父はこちらをみていない。驚きの表情かおが、一瞬にして笑顔になった。


「急にいなくなるから、焦ったぞ。いたずら坊主どもめ」

「すみません、ミスター」

「ごめんなさい、ミスター」


 親父は、大小の少年たちをみていたのである。いろんな意味で驚いてしまった。


「肇。この子たちは、知り合いの息子さんたちで、ずっと海外で暮らしているんだ」

「帰国子女ってやつやん?かっこええなー」

「あ、ああ、そうだな。二人とも、息子の肇だ」

「相馬肇。よろしく」


 そうだ。おれの本名は肇なのである。幕末こっちにきてから、斎藤一の『はじめ』とだぶることから、主計に改名したのである。


 幕末。おおくの志士や要人たちが本名以外に、いくつもの名をもち、つかいわけていた。

 それにあやかったというわけではないが、それがこの時代の、ある意味トレンドのようなものであろう。



 掌をだすと、おおきいほうの子ががっしりとつかんできた。小柄で痩せているのに、すごく分厚い掌だ。なにより、冷たくて気持ちがいい。それから、ちいさいほうの子とも握手する。この子もまた、小柄で痩せている。掌もちいさいが、異常に分厚い。


 親父に、剣道をやろうって話をしていたんだと告げた。一瞬、親父が驚いたような困ったような表情かおになったが、すぐに笑顔になって頷いた。


「この子たちは、剣道のことをつい最近しったばかりなんだが・・・。時間もないし、すこしだけだぞ」


 親父は、少年たちをみながら許可してくれた。


「よかったな」


 おれより、ちいさいほうの子がうれしそうだ。おおきいほうの子が、ちいさいほうの子の頭をごしごしなでている。


 時間がない・・・。その一言に背をおされ、竹刀袋から竹刀を二本ともとりだすと、一本をちいさいほうの子にさしだした。


「ありがとう」


 ちいさいほうの子は、照れくさそうに受け取りながらも表情かおはとってもうれしそうである。すっかり暗くなった公園内の街灯の下、その笑顔は夏の陽のように輝いている。


「肇、ききなさい」


 親父が、耳にささやいてきた。


「あの子は、漫画にでてくる「天才」というやつだ。だから、なにがあっても怖れるな。おまえは、おまえの剣をふるえばいい」


 親父がアドバイスをくれることじたい、めったにない。なにせ親父は、「感じろ。盗め」派なのだから。


 親父の言った漫画にでてくる「天才」という意味はわかっても、そのあとの意味がよくわからない。

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