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お祝い

 竈で懸命に米を炊いている俊春をよくみると、その額の中心が真っ赤にはれあがっている。


 俊冬がかれに、でこぴんでも発動したのか?その痕にちがいない。


 兄貴は兄貴で大変なのであろう。が、弟も弟で、たまーにキレたら兄貴にお仕置きされてしまう。


 それでも、兄弟っていいよな、なんてつくづく感じるのは、一人っ子の贅沢な思いなのであろうか。



 朝食は、赤飯と鯛の尾頭付きであった。

 金子が準備し、双子が蒸したのである。


「へー、双子の仔馬か」

「そのお祝い?」

「めでたいことだ」


 朝食に集まってきた隊士たちは、おおよろこびしている。まぁ、これが山菜おこわや中華ちまきであっても、おおよろこびするのだが。


 朝食は、局長の部屋でいただいた。副長と島田と安富と子どもらもいっしょである。


 縁側をはさんだちいさな庭で、相棒もいただいている。犬は、豆類は消化に悪いため大量に与えるのはNGである。ゆえに、俊春は小豆を少量にしてくれたようだ。鯛は、きっちり身をほぐしてちりばめられている。そこに、王道の沢庵がでんとその威容を誇る。


「荷物の準備は、できているのか?」


 副長に尋ねられ、全員がうなずく。局長もふくめて、である。


 さきほど、借りものの着物から軍服に着替えた。洗濯は、しなくていいという。


「なら、ひと寝入りしろ」


 副長の勧めに、全員がうなずく。局長もふくめて。


 そのタイミングで、双子がさらなる蒸し器をもってはいってきた。


「おかわり」


 まずは、島田。しかも、島田は丼である。


「おかわり」

「わたしも」

「わたしも」


 結局、全員がおかわりする。


 小豆はほくほくしていて、もち米はふっくらしている。


 赤飯って、冷めてべっちゃりしたイメージが強く、祝い事で喰うぐらいであったが、この赤飯は掛け値なしにうまい。


 鯛は、旬の時期がほんのわずかずれている。これもまた、正月のときのように、冷めてぱっさぱさの身を喰うっていうイメージで、実際、そんな鯛の尾頭付きにしかであったことがなかった。が、これはちがう。塩がそこはかとなくきいていて、しかも身はふっくらしている。このくらいの時期だと、脂があまりのっていないはずが、いい感じにのっている。さすがは魚の王様である。


 金子は、すべての食材をいいもので取り揃えてくれたのだろう。そして、それを最高の料理人が調理するのである。うまくないはずがない。


「ぽちたま、うますぎた。また、歳の体躯に肉がつくであろう」


 局長は、膳の上から湯呑をとりあげ、茶をすすりながらしれっという。


「ああ?んなことはねぇって、まえにいったよな?」


 そして、またしても「太ったんじゃない?」疑惑にブチぎれる副長。


「なにを喰ってもうまく感じられるのは、誠にありがたい」


 局長は、こうみえても繊細である。京にいた時分ころ、ストレス性胃炎で苦しんでいた。それを、双子が料理や鍼やマッサージやアロマテラピーっぽいものまで、あらゆる方法を駆使して治してしまったのである。


「みな、太りましたよ。鉄と銀くらいじゃないでしょうか?肉にならずに背が高くなったのって」

「うらやましいかぎりじゃねぇか、ええ?」


 おれのジョークともいえぬ言葉に、副長が苦笑する。


 子どもらは、マジで背が高くなっている。成長期にくわえ、双子の栄養バランスの整った食事を摂取しているからだ。


「ぽちたま。すまぬが、関東郡代に使いを頼まれてはくれぬであろうか」


 後片付けをしはじめた双子に、局長が依頼する。


「また、転陣許可の書状か?幾度だそうが、返事はきまってる」

「一応、筋はとおさねばな、歳。だが、これで最後。いつものように否、という返答でも、数日の後には出発する。いついつまでも、金子殿に迷惑をかけるわけにもゆかぬゆえ」

「承知いたしました、局長。わたしからは、なにかいたしますか?」

「たま、そうだな。わたしの誠意を伝えてくれ」


 局長は、そういってからもう一度茶をすすった。


 さすがにオール明けだと、ひと眠りしないと体がもちそうにない。ってか、朝食の後片付けをおえたのちに、部屋に戻ってごろんと寝ころんだら落ちていた。


 おそらく、二時間も眠っていないだろう。今度は、夢に親父がでてこなかった。そして、瞼を開けると、ありがたいことにだれもおらず、デッド・ピープルごっこのデッド・ピープル役でないことにほっとした。


 寝ころんだまま、天井のシミをみつめる。大の字に腕をひろげたその指先になにかがあたったので、物憂げに頸をかたむけ、をそちらへ向ける。


「之定」がひっそりと添い寝している。


 そうか。ギリで「之定それ」を腰ベルトからはずしはしたが、握ったまま眠ってしまったのか。

 

 拳銃チャカは、ホルスターごと荷物にまとめている。常時、身に付けるわけではない。


 やはり、つねに身に帯びていたいのは、拳銃チャカではなく、刀なんだな、と当然のことに思いいたる。


 もうすこし指を伸ばし、「之定」の鞘をつかんでこちらにひきよせる。それから、胸の上にのせる。



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