表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

620/1255

母は強し されど 兄は・・・

「お母さんて、すごいね」

「二頭も産むなんて、驚きだよね」


 やっとのこと立ち上がった仔馬をみつつ、子どもらは感心しきりである。


人間ひとのお母さんも、そうなんですよね?」


 市村の問いは、とくにだれかに向けられたものではない。

 畜舎内が、静まり返る。ほかの牛馬も、この夜はオールである。「ぶるる」とか「もー」とか鳴いたり、藁を踏む音をさせている。


 この不自然な間は、いったいなんなのか?

 いまの問いに、だれかが答えてくれるであろうという、責任のなすりつけあいか?

 大人も犬も馬も、できるだけ関わり合いになりたくないのか、そしらぬていを装っている。


「わたしや辰之助も、そうだったんですよね?」


 市村は、さらにたたみかけてくる。辰之助とは、市村といっしょに入隊したが、すこしまえに離隊したかれの兄である。


「てっちゃん、当然のことだよ。母上が、てっちゃんと辰之助さんを産んだんだ。たぶん、だけど」


 不甲斐ない大人にかわって答えたのは、田村である。が、最後の意味深な言葉に違和感を覚えたのは、答えを得た当人だけではない。


「なに?では、もしかしてわたしは、どこかほかのお母さんが産んだかもしれないってこと?やっぱり。辰之助と似ていないと、ずっと思っていたんだ」


 ちょっ・・・。なにそれ?話が飛躍しすぎていないか?


 花子の難産からの双子誕生が、いっきに昼どきのサスペンスっぽくなってしまっている。


「鉄・・・」


 大人われわれの無言の応酬に負けたのは、俊冬である。かれは、市村と田村のまえに片膝つく。


「まぎれもなく、おまえと辰之助は兄弟だ。おなじ母親から生まれた、れっきとした兄弟だ」

「えー?ちぇっ。そうじゃないほうが、出自についていろいろ想像できるのに」


 イマジネーションを働かせるというのもいいかもしれないが、むなしくなるだけだと思うのだが。


「なにを申しておる。たとえば、どこかの藩主や公卿の隠し子であったり、あるいは大店からかどわかされた子であったり、を想像したいのであろう?逆をかんがえたことがあるか?それにいま、おまえがここにあるのは、おまえと辰之助の母親がおまえたちを産み、育てくれ、兄弟で新撰組ここに入隊したからだ。その一つでも狂ってみろ。おまえは、ここにはいなかった。それでもよいと申すのか?」

「それは、いやです」

「ならば、かようなことを申すな。おまえの兄は、やさしくて物静かでいい男にかわりはないのだから」

「いいのです、たま先生。辰之助は、ろくでもない兄貴です。それに、もう二度と会うこともありません」

「鉄。かようなことを申すものではない・・・」

「鉄。かようなことを申してはならぬ」


 俊冬にかぶせ、俊春が鉄へちかづきながら注意する。


「たとえろくでもなかったり、意地悪で陰険で傲慢で吝嗇けちで饒舌すぎて女癖が悪くて男癖も悪くて、兄貴がこの世で一番と勘違いしている下種野郎であったとしても、胸の奥底にしまって、あたりさわりのない対応と言の葉でもって、つねに笑顔で応じなければならぬ」


 ちょっ、俊春?なに?いまのマシンガントークは、幻聴かなにかか?

 もしかして、おれ、オールしていっちゃってるのか? 


 しかし、畜舎内にいる全員が、驚きにをみはって俊春をみていることから、幻聴ではないことはわかる。


「え?ぽち先生?そこまでひどいこといってませんし、思ってもいませんけど・・・」


 当の市村は、をぱちくりさせている。


「ほう・・・。市村辰之助が、そこまで下種野郎とはな。付き合いがあったわけではないが、そのなに一つ見抜けなんだとは・・・」


 俊冬が、片膝ついた姿勢から立ち上がり、ゆっくり俊春の方へ向き直る。その小柄な体の周囲に、「ゴゴゴゴゴ」という効果音がみえる。


「弟などというのは、無口で臆病で泣き虫で優柔不断で流されやすく、わがままで強情で依存してばかりで、女子おなごに弱く、おのこにも弱い、へたれではないか」


 ふふんと鼻を鳴らす俊冬。


 いや。兄貴や弟って、いまのはある特定の兄貴や弟のことであって、世間一般の話ではないじゃないか。


「表へでろっ!この毛玉ワン公っ!」

「いいですとも。気まぐれニャン公っ!」


 とんでもないことになったのでは?とヒヤヒヤしていると、連れ立ってでてゆく途中で、俊冬が局長と副長にアイコンタクトを送っていることに気がついた。


「ぽちたま先生」


 追いかけようとする市村のまえに、つぎは局長が膝を折って目線を合わせる。


「鉄、ききなさい。辰之助は、気のやさしいいい子である。性質たちのちがい、合う合わぬというのはあろう。だが、兄と弟という血の絆は、終生途切れることはない。いつか再会できることもあろう。そのときには、笑って「昔、新撰組でこういうことがあったな」と話をすればよかろう。わたしや歳も兄貴たちにいじめられたが、いまではいい思い出であるし、いまだに頼ってしまう。ぽちたま先生や、あの仔馬たちも同様だ。二度と会うこともないなどと、けっして申してはならぬ」


 熱心に諭す局長。


 さきほどの双子のやりとりは、局長へつなげる演技だったのであろう。おそらく、であるが。


「わかったな?」

「はい」


 素直に返事する市村。


 連れ立って外にでると、双子の姿はなかった。


 かれらはすでに、朝食の準備にとりかかっているのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ