危地迫る
永倉と原田とは、途中で別れた。
原田は、息子の茂のために、ひょっとこの面を買った。おれも買ってもらった。狐の面である。
いや、おねだりしたわけではない。息子のために狐の面を買ってからひょっとこに気がつき、そちらのほうがいいであろうということで、狐はおれがいただいたわけである。
それを、子どもらとおなじように頭の後ろにくくりつける。
テーマパークで、キャラクターのカチューシャを頭につけてあるくよりかは、よほどはえているであろう、と思う。
そうそう、原田の息子の名が、第十四代将軍徳川家茂の茂をとって名付けた、という逸話は有名な話である。
子どもらは、祭りの話に夢中である。野村と連れ立ってあるく。野村は右側に、相棒はその反対側、いつもの定位置である。
屯所がみえてきた。そのとき、相棒がかすかに唸った。警戒の唸り声ではなく、おれに注意を促す類いのものである。み下ろすと、ぴんと立った耳が動いている。しっている者がちかくにいるのである。
このあたりも、ほかとおなじように薄暗い。
21時頃であろうか。幕末のいい方で亥一つ時をまわると、どこの家も玄関先はもちろん家屋内すべての灯火が消え、全体的に暗くなってしまう。
就寝タイム、というわけである。
いまも、光といえば屯所の門前の灯火だけ。
歩哨が二人立っている。
それ以外は、月と星、自然の光のみ。
今夜は下弦の月で、さほど明るいというわけではない。
「副長・・・」
家々の路地から、男が音もなくでてきた。
着流しに大小を帯び、懐手に足早に飛びだしてきた、というのが正確な表現であろう。
「なんだ、おめぇらか」
副長は、どこかばつが悪そうだ。
夜目にも、はっきりとその表情がうかがえる。
「副長」
「副長だ」
さきをあるいていた子どもらが駆け戻り、副長を取り囲む。
祭りのことを、われさきに報告しはじめる。
副長が遊びにいっていたのだと察する。
もちろん、副長の遊びとは、おれたちのような祭り見物の類いではない。
そのとき、相棒が姿勢を低くして唸りはじめた。副長がやってきた方向へ体を向けて。そして、おれもまたそれを感じる。
いまの相棒の唸り声は完璧に敵、あるいは、われわれに仇なす者への警戒と威嚇である。
「おまえたち、静かにしないか」
異変を察知したのは、野村もおなじである。すぐに、子どもらの頭を軽く叩きながら鎮めようとする。
そうでもしないと、興奮した子どもらは気がつかない。
「尾けられている。屯所のちかくまでくれば、あきらめるだろうと思ったが、存外、しつこいようだ」
副長が囁く。
細く真っ暗な路地に向き直り、そのまえに立ってさりげなく子どもらをかばう。
「副長・・・。ずっとですか?」
複数・・・。しかも、感じたことのある気も含まれている。
「いや、今宵は店ではない。途中からだ」
副長は、控えめにいっても女にもてる。とはいえ、平素は多忙。時間のあるときに、島原の馴染みを訪れる。それも、一人にしぼらず複数いる。気が向いたらひょっこり訪れるので、女の線から副長の行動を特定するのは難しい、というわけである。
しかも、絶対に泊まることはしない。隊規があるからである。
芸妓も店も新撰組とは親密だ。揚屋ばかりを使用するわけではない。揚屋ではなく、芸妓の家であったり、そこの懇意の茶屋で過ごすこともある。そういうところからも情報が漏れるとは考えにくい。
なにより、勘のいい副長だ。わずかな異変でも感じとることができる。
副長を探して島原界隈でたまたまでくわしたか、本当に偶然みかけたか、のどちらかであろう。
「利三郎、子どもらを・・・」
「承知」
屯所はすぐちかく。
兎に角、子どもらの安全を確保することが先決である。