マッスル・ペインは早くくる?
「主計さん。そういうの、チートっていうんだよね?」
「はあああ?これのどこがチートっていうんだ、鉄?」
以前にも言及したと思うが、人間って、真実を指摘されるとキレる。
「だってほら。ぽちたま先生と、ぜんぜんちがうよ。それに、はやさもちがうし」
「なにいってるんだ、銀。はやければいいってものじゃない。こういうのは、自分のペースで一回一回、きちんとこなすのがいいんだ」
「ホワット・ザ・ヘル!」
かれらが同時に叫ぶ。
だめだ・・・。なにゆえ、新撰組でスラングが横行しているのだ?しかも、自然な感じで発音もいい。
正直、手に負えそうにない・・・。
「主計、主計。このくらい、ちゃっちゃとやらぬか」
「たま。このくらいって・・・。超人、いいや仙人、いいや神仏悪魔と鬼レベルのあなた方には、このくらいかもしれませんが、そこらにいるお犬様の散歩係にとっては、とんでもなくきついんですよ」
双子は腹筋を堪能したのか、つぎなるトレーニングにうつろうとしている。
「ったく。ひと寝入りしたら、笑うのがつらいほどの筋肉痛になってますよ」
『おれは若いんだから、筋肉痛はすぐにでるんだよ』と、さりげなくアピールしておく。
なーんて、根拠のない説に、都合のいいときだけすがるおれ。
筋肉痛がくるのがおそいのは、加齢によるもの、というのはちがうらしい。若くても、おくれることはある。
その理由は、運動の激しさらしい。激しければ激しいほど、はやいのだとか。へたをすれば、運動中にくる、なんてこともありえる。
「ならば、ほかの箇所も痛くなれば、ちょうどよいではないか」
「いえ。そんな問題じゃないんですよ、たま」
「さて。おつぎは、足腰を鍛える」
さすがは「ゴーイングマイウエイ」俊冬。こちらの訴えをきいちゃいない。
俊冬が合図を送ると、俊春が両脚を肩幅にひらいてエアーチェアの姿勢をとる。その肩に、俊冬が身軽にのってみせる。もちろん、土台である俊春のエアーチェアは、崩れるどころか揺らぐことすらない。
「エアーチェアって・・・」
もはや渋々である。おなじようにエアーチェアをするタイミングで、俊冬が島田に、おれの肩にのるように頼む。
「ちょっ、だめです。これだけでも数分できるかどうかって状態です。島田先生にのってもらうなんて、絶対に無理です」
「島田先生は、身軽でらっしゃるぞ」
「なにをボケてるんです、たまっ!島田先生の身軽さを問うているのではありません。おれの足腰の弱さのことをいっているんです」
怒鳴り返しただけで、太腿とふくらはぎが悲鳴を上げている。はやくも、ぷるぷるしはじめている。
「ならば、太腿の上に・・・」
「だから、無理なんですってば」
再度怒鳴ってから、しまったと口を閉じてしまう。
そうだった。四つ脚の妊婦さんを、不安にさせてしまう。
「まったく。主計、精神力がなさすぎであるぞ」
「はい?あなたがたと同様にできるわけないですよ」
そうきり返したものの、たしかに俊冬のいう通りである。島田がのるというのは兎も角、数分でギブアップするには『精神力弱っ!』であろう。
がんばってみた。想像していた時間の三倍は耐えた。
もっとも、双子はたがいに肩の上にのりあい、それぞれ30分ずつほどやってきりあげていた。最後まで、ぴくりともゆるぎなくエアーチェアをつづけられるなんて、『どんだけ脚が強いんだ』と、感心をとおりこして呆れてしまう。
おつぎは倒立。おれも、一応はできる。しかし、ここでも双子の倒立は尋常ではない。両親指二本で倒立するばかりか、その足の裏の上にどちらかがのり、その上で腕立て伏せのごとく腕を曲げるのである。曲げて伸ばしてを永遠につづける。親指、腕そのものが強い、だけで片付けられるものではない。
くわえて、足の裏にのるほうは、バランス感覚もすごいってことになる。さらには、倒立をする側がぜったいにもちこたえられるという、信頼関係がなければならない。
それにしても、これだけ常人ばなれしたトレーニングの数々をこなしているというのに、双子の体がマッチョじゃないというのも、不可思議な話であろう。
「筋肉がつきにくい、性質なのであろうな。それに、食べるものにも気をつけておるゆえ」
俊冬が疑問に答えてくれた。
『ハードゲイナー』という言葉がある。誤解のないようにいうと、よんで字のごとしではない。
筋トレをしても、筋肉がつきにくい人のことである。
逆三角形に憧れているとか、マッチョを目指しているとかで、スポーツジムでトレーニングをし、プロテインを摂取したり、たゆまぬ努力をつづけているにもかかわらず、その成果が視覚できずに「細っ!」っていわれてしまう。そういう人のことを示す言葉である。
まぁ、そういう体質なのかもしれないが、筋肉をつけたい人にとっては、気の毒以外のなにものでもないだろう。
双子が、「ハードゲイナー」かどうかは別にして、筋肉がつかないよう食事にも気をつけているというのが、さすがでかる。
ってか、食事するんだ、と単純に驚いてしまう。このまえ、俊冬が『霞を食べる』みたいなことをいっていたが、双子だったら、それもありかなって納得してしまっていた。
「われらにとっては、肉も筋肉も動くのに邪魔なだけであるからな」
たしかに、俊冬のいうとおりである。
「本来なら、このあとに組手、それから素振りをするのだが・・・。さすがに、それらは気の性質がこれまでとはかわってしまう。花子は無論のこと、ほかの牛馬たちも怯えてしまうゆえ、今宵はこれまでということにしておこう」
「いえ、たま。これだけやったら、充分すぎますよ。この上、まだやるのでしたら、夜が明けてしまいます。ってか、寝る暇ないじゃないですか」
このルーティンなら、確実に夜が明ける。しかも、かれらは朝餉の準備もある。
眠る暇など、あろうはずもない。




