ワークアウト
「今後のために、金子殿と、家畜の面倒をみてらっしゃる使用人の方が見学されます。あまり人数がすぎますと、花子に負担をかけてしまいますが・・・」
「いや。わたしはいい」
「わたしも」
俊冬がみまわすと、蟻通と中島、尾関がソッコー遠慮する。
「わたしは、みてみたいな」
心やさしき大男の島田は、見学組。久吉と沢は、花子のお産サポートチームのメンバーであるが、お産までの準備をして立ち会わないらしい。
「なれば、大丈夫かと。人間を斬るのとはちがう凄惨さが、あるやもしれませぬが・・・」
「案ずるな、たま。此度のあたらしき生命の誕生は、新撰組の転陣の門出にもなる。いかなることになろうと、しっかり見届けようぞ」
局長は、きっぱりと意思表明する。
局長なら、奥さんの立ち会い出産OKな旦那にちがいない。
「承知いたしました。すぐ、というわけではございません。そろそろ、というときに呼びにまいりますゆえ、それまでは部屋にておまちくださいますよう」
俊冬は、金子にもそのように告げているとつづける。
「ああ。それと、馬房にお越しになる際は、得物は置いていただきますよう」
「委細承知いたした」
局長は、ワクワク感満載で応じた。
そして、この夜おこなわれた親子丼試食会は、大成功におわった。
ちなみに、といってはまた炎上しそうであるが、双子は相棒にも親子丼スペシャルを準備し、提供してくれたらしい。らしい、というのは、「調理させていただき、さきほどお運びし、召し上がっていただいた」と、俊春が事後報告してくれたのである。
相棒は、「世界一待遇のいいシェパード」として、SNSで有名になっているにちがいない。
もはや、散歩係すらクビになり、ニート化しそうなおれからすれば、めっちゃいいご身分である。
相棒の「親子丼スペシャル」は、うす味である。卵と、粉砕した卵の殻を入れて仕上げているという。
犬は、卵は大丈夫である。ただし、人間とおなじでおおすぎはNG。卵をつかっている犬用のフードもすくなくない。
殻にはカルシウムが含まれている。
さすが、異世界転生で料理研究家をやっていただけのことはある。ああ、そうか。黄帝内経を熟知している点から、前世の前世は、前漢で学者をやっていたのかもしれない。
試食会の後片付けもおわり、畜舎内で花子がいつ産んでもいいようまつことにする。
久吉と沢は、途中でひきとった。最終的には、島田と安富、子どもらと相棒、そしておれがスタンばっている。
「え?こんな日まで鍛錬を?」
双子は木綿の着物を尻端折りし、フツーに鍛錬をするらしい。
「さすがに、畜舎内でできることはかぎられるがな。われらは、いかなることがあろうと、毎夜、基本だけは欠かすことなくつづけておる。なんなら、ともにやるか、主計?」
「やめておきますよ、たま。なんだか、とんでもなくいやーな予感がしますので」
「えー?主計さん。かっこいいところを、一度くらいみてみたいよ」
「そうだよね。最初で最後の一回こっきりでしょ?みてみたいよ」
なにゆえか、子どもらが喰いついてきた。
しかもこれが最初で最後になると、めっちゃ断定されている。いや。それ以前に、一回くらいいいところを見せてだって? まるで、これまで一度もいいところをみせたことがないみたいにいいきっている。
一度くらい、あったはず。だよな?
「わかったよ。やればいいんだろう、やれば。ちぇっ。なんでおれが、超絶ハードだってわかってるトレーニングに付き合わなきゃならないんだ」
そして、漢らしくて柔軟性のある大人なおれは、子どもらの期待をさわやかな笑みと精一杯の肯定的な言葉でもって応えた。
「そうこなくてはな、主計。では、さっそくはじめよう」
俊冬は、準備している畳二畳ほどある筵を、花子の馬房のまえに敷く。
安富だけは花子の馬房内にいるが、ここからでも充分馬房内をチェックできる。
「腹の筋と背の筋を鍛える方法だ。これは、簡単であろう」
俊冬が指で合図を送ると、俊春が腹筋をはじめた。しかも膝頭を立てるきっつい方のやり方だ。しかも、脚をおさえてもらったりのってもらうでもない。さらに、めっちゃはやい。
「簡単であろうですって?これ、素人にとっては地味にたいへんなんですよ。鉄、銀。どちらか、脚をおさえてくれないか?」
「いいよ、主計さん。おさえてあげる」
横になって脚を膝を曲げて直角に立て、脚首のあたりを鉄がおさえてくれた。
すでに俊冬もはじめている。もちろん、俊春同様めっちゃはやい。
のろのろとやりはじめる。
余裕があったのは、最初の30回程度。誠に、情けない話であるが。
一時期、訓練所に泊まり込んだ際にやったことがある。三日坊主ではない。ある程度つづけた。証人もいる。いや、証犬か。が、それもしばらくまえの話である。
それは兎も角、30回を超えると苦しくなってくる。さらには、100回を超えると、どうでもいい気持になってくる。さらにさらに、150回を超えると、悟りをひらける。同時に、チートっぽくなってくる。すなわち、ほんのわずか頭が筵からはなれる程度ですませてしまう。
正直、これでは腹筋をつかう必要もない。そう。腹筋を鍛えていることにはならない。
これ、いつまでやらされるんだろう?と、ぼーっとした頭で考えながら双子をチラ見すると、ちゃんとしたスタイルで、しかもはやさも衰えることなくつづけている。
すでに千を超え、万をも超えているのでは?という勢いである。




