最強の親子丼
この夜は、金子家の人々だけでなく、軍鶏と卵を提供してくれた一家と、お米を差し入れてくれている一家、例の女児の一家も招待しての夕餉とあいなった。
まずは、そのまんまの姿から毛をむしり、内臓をとりだし、各部位にわける。熊や猪にくらべてちいさい分、作業もずいぶんとすばやい。双子は、どんどんこなしてゆく。スーパーやかしわ屋、もとい鶏肉屋で並ぶのとおなじ状態になったものを、水と塩、砂糖を混ぜ合わせたスポーツドリンクに15分ほどつけておく。肉の臭みを軽減し、柔らかくジューシーにするためである。そして、鶏ガラはスープに。双子は、そのスープに、仕入れてきた椎茸や西洋のソース、蜂蜜、醤油を加え、独自のソースをつくった。それをなめさせてもらうと、独特のにおいはないものの、オイスターソースに似ている。
残りのスープは、葱のつかわないところや昆布などと一緒に灰汁をとりのぞきつつ、だし汁に仕上げる。
そのだし汁に、砂糖、醤油、塩、酒、なんちゃってオイスターソースを入れ、そこにスポーツドリンクにつけておいた軍鶏肉を投入、火がとおりそうなところで長葱を入れ、一煮立ち。これで、下煮は終了。
卵は、割り入れてから箸で三、四度かき混ぜる。けっして卵白と卵黄が混ざらぬようにする。
白米は、通常より水を一割ほど控えて30分ほど浸し、竈でたく。炊き上がったら、丼に。ただし、今宵は人数がおおいため、丼だけでなく深さのある器をかき集めなければならない。
小鍋に、さきの下煮した軍鶏肉と長葱をだし汁とともに入れ、ぐらっとにたったところでといた卵を、卵黄がなるべく入らぬよう箸をつかって投入する。それに火が入って白くなるまでに、卵黄部分を混ぜ入れる。二段階に分けるのは、卵白より卵黄のほうが火の通りがはやいためであるらしい。
一呼吸火が入ったところで火を止め、丼に盛られたご飯の上にさっと流しいれる。その上に、刻んだ三つ葉とちぎった海苔を少量ずつのっけて終了。
双子とおれたちが打った蕎麦のかけ蕎麦を、汁物がわりに添え、ついでに女児の祖母メイドの沢庵などのお漬物が添えられた。
新撰組は、隊士たちから順番に食したが、金子家やゲストは、だれもが言葉もなかったようである。
どの表情も、じつに幸せそうである。言葉など必要ない。そう、グルメリポーターではないのだから、静かに堪能してもらえたらいいのである。
あきらかに量がおおいであろう女児ですら、がつがつと一心不乱に完食した。
そして、ゲストはおいしいもので腹いっぱいになり、幸せいっぱいで家路についた。
「これが、「親子丼」か」
局長、副長、島田、蟻通、尾関、安富、中島が、膳の上で金色に輝く親子丼をまえに、歓喜の表情になっている。
沢と久吉もまた、部屋の片隅で縮こまり、同様にうれしそうにみている。
親子丼の由来について説明する。
そして、試食。
やはり、だれもなにもいわない。ってか、いえるわけない。わざと、濃いめの味付けにしてある。おれも、この濃いめの味付けにすっかり慣れてしまっている。
「めっちゃおいしいやん」
関西弁で怒鳴りたい。卵のふんわり感は、現代でもこれほどまでに感じたことはない。そこそこ有名な親子丼をだす店でも、これほどの親子丼を食したことはない。
だめだ・・・。双子、悪魔すぎる。これ以上、悪魔のつくる食事を食したら、人間でなくなってしまう。
それこそ、悪魔に魂をうることになる。
その結果は?メタボから成人病へ・・・。悪魔の至高の食事と引き換えに、寿命を捧げることとなろう。
「それにしても、ふわふわ卵以上の食感に味付けだ」
「軍鶏が、これほどうまいとは」
局長と副長も絶賛である。
「これはうますぎる。組長たちがいたら、さぞおおよろこびしたであろう。四、五杯はかるくいったにちがいない」
島田である。かれのいう組長たちとは、永倉と原田である
「ゆえに、いなくてよかった」
そして、かれにはまだつづきがあった。
「はあ?島田らしい。自身で独り占めにしたいがために、か?」
即座に副長がツッコミ、みなの笑いを誘う。
部屋のすみのほうで、久吉と沢も相貌をみ合わせつつ食べている。
「金子殿が、店をもつならいくらでも援助をしたい、と申されていた」
給仕をおえて廊下側の障子のまえで並んで座している双子に、局長が声をかける。
「恐れ入ります」
俊冬が言葉とともに頭を下げると、一拍おくれて俊春も頭を下げる。
「マジでうまいですよ。おれ、こんなにうまい親子丼、喰ったことありません。基本のつくり方を伝えただけなのに、これはもう神のレベルですね。いえ。おれたち全員を太らせることを思えば、鬼の所業ですよ」
双子は、そのジョークに苦笑をかえしてくる。
「さて、今宵は花子の出産を控えている。そうそう、鉄と銀もみたがっている。かまわぬか?」
局長は、茶をすすってから打診する。
「おれも、みてみたいな」
そして、意外にも副長が名乗りをあげる。




