獣性と肉食系
「いい仔を産もうな。よしよし」
俊春のやさしい声をききながら、花子もきっと安心できるんじゃないか、と思ってしまう。
「われらのうちにあるものに、怯えてしまうからな」
俊春をみていると、俊冬が横に立ち、同様に弟をみつめる。
「うちにあるもの?」
「獣性、だ。申しておくが、おぬしの獣性とは類が異なる・・・」
「ちょっ・・・。なにいってるんです?おれのどこが肉食系っていうんですか?失礼な。まぁ草食系ってわけでもありませんが・・・。ところかまわずってわけでは・・・。ってか、なにをいわせるんです?」
「馬や牛などは、われらのうちにあるものを敏感に察知してしまう」
「おれのいったこと、きいてくれてましたか、たま?」
あいかわらずの「わが道をゆく」っぷりである。
で、結局、おれは肉食系に認定されてしまっているのか?どう考えても、おれはそういうキャラじゃないだろう。だぶん、だけど。
「ゆえに、信頼されるようああして話をしているのだ」
昔、しゃべる競走馬の漫画があったことを思いだしてしまう。ミニホースどころか、中型犬くらいのちいさくて真っ白い馬が、大活躍する話である。そこでは競走馬が、牧場や厩舎の人間、騎手や馬主とフツーに日本語で会話するのである。アニメ化もされた。
「なにごとにも、真剣に取り組むのですね」
心からの讃辞である。
俊冬は、弟をみつめたまま無言である。
「おれも、花子のお産を手伝っていいですか?みまもるだけって思ってましたけど、なにか手伝えることがあれば、やってみたいです」
「ならば、その恰好ではなく、借り物の着物のほうがいい」
俊冬は、やわらかい笑みをこちらへ向け、弟のほうへあゆんでいった。
たしかに、軍服より借りものの着物のほうがいいよな。
「ふんっ」
いつの間にか、相棒が左脚許にお座りしていた。見下ろし、視線が合うと、例のごとくのツンツンっぷりである。
動物も人間も、ひとしく難しい・・・。
吐息が、相棒の頭の上に落ちてゆく。
村内に、軍鶏を養鶏しているお宅がある。そのお宅が、卵と軍鶏肉を届けてくれた。
軍鶏肉は、頸から上のない姿である。すさまじい量である。つまり、頸をちょんぎられた状態の軍鶏が、何十羽もというわけである。
フレッシュと表現すれば、そうなんだろう。しかし、さっきまでそこらへんを駆けまわってたかと思うと、なんともやりきれなくなってしまう。
「親子丼が食べたい」
それらをまえにレシピを検討している双子に、またしても駄々っ子みたいにリクエストしてしまう。軍鶏たちには悪いと思う。そんな状態を目の当たりにし、一瞬ひいてしまったことも事実である。だが、食への探求心は尽きず、それ以上に、食欲がなくなるということはない。
「親子丼?」
双子は、それがなにかをしらない。
当然である。たしか、親子丼にちかいものがあらわれたのが、明治も中頃のこと。人形町の軍鶏肉のお店が、それっぽいものを提供しはじめたのが最初だったかと記憶している。
「玉葱と鶏肉を、だし汁、醤油、砂糖、酒で味付けし、そこに溶き卵をさっとかけ、青葱をちらして火をとめるのです。それで、丼に盛った飯の上かけるのです。最後に、こまかくちぎった海苔をのせてもうまいです」
「イット・サウンズ・ヤミー」
「食べてみたい!」
「すっごくおいしそう」
厨内で、双子の手伝いをするためにスタンバっている現代っ子バイリンガル野村と市村と田村が、口々に叫ぶ。
ってか、野村よ。おまえ、現代からタイムスリップしたんじゃないのなら、こっそり駅前に留学でもしてるんじゃないのか?って、いいたくなる。
「それはいいな。玉葱は大量に入手するのが難しいゆえ、長葱で代用しよう。主計、くわしく教えてくれ」
俊冬がいってくれ、くわしく伝える。おれの伝えたことをもとに、双子流の「親子丼」ができあがるにちがいない。
めっちゃ愉しみである。
今宵出産するであろう花子のためにも、しっかり喰っておかねば。
というわけで、野村と子どもらは、葱を調達しにでかけていった。厳密には、どこのお宅も作っている。時期はおそいが、自宅用にまだ畑に残しているかもというわけで、それをいただきにいったのである。
ここ最近は、金子家の人々も双子の料理に舌鼓をうっている。もちろん、使用人の人たちも。料理担当の人は、料理一つ一つをきっちりメモってる。
双子も、「こういうことはな、習うんじゃないんだよ。てめぇの舌と瞳で盗むもんだ」などと、ガチ職人みたいにカッコをつけず、丁寧にレシピを披露している。




