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デッド・ピープル体験

 俊冬のささやき声が耳に心地いい。催眠術にでもかかったかのように、頭がぽーっとする。双眸は、いまだ親父になっている(・・・・・)俊春からそらすことができない。


 俊春もまた、涙を流している。それを拭おうともせず、ただひたすら「之定」をふるう。


 その涙は、なんのために流しているのか・・・。いったい、なににたいして慟哭しているのか・・・。


 このとき、おれはその意味も理由もわからずにいた。


 親父からのメッセージなのか、あるいは親父になっている俊春自身の、無言の叫びなのか。


「之定」の空気を斬り裂くするどい音が、うるさいほどである。そして、ふるわれるごとにおこる剣風は、それをみつめる者の髪を揺らし、背後に茂る葦までも怯えさせる。


 異世界転生で、イタコか死者を召喚する黒魔術師でもやっていたのであろう・・・。

 

 余裕のない精神状態で、そんな馬鹿なことが浮かんで消えたことに、正直驚いてしまう。


「主計、大丈夫か?」


 そう副長から呼びかけられ、気がついた。

 型をおえた俊春が、最初のときとおなじように、納刀した「之定」を眼前にかかげて瞼を閉じている。


「す、すみません。あまりにもそっくりでしたので・・・」


 副長の心配げな表情かおに、ひきつった笑みを浮かべる。実際には、微笑もうとしたがひきっつってしまったのである。


 俊春が、シクシクと泣きながらこちらへちかづいてくる。


「冒涜してしまったようなものだ。すまぬ。だが、偉大なる剣士のことを、感じることができた。心から礼を申す」


 子どもみたいに泣きじゃくりながら、かれはこちらへ「之定」を差しだす。


「いえ。礼をいうのはおれのほうです。日野で、あなたとたまが試合をしたとき、あなたの技の一つが、親父のそれに似ていたんです。しかし、いまのは・・・。いまの親父の型をみ、いまさらですが親父をこえれそうにない。そう実感しました。ですが、ちかづくことはできるはず」

「否。かならずや、こえられる。親父殿も、そう信じている」


 俊春は、鼻をすすりあげつついってくれる。


 かれから「之定」を受け取り、そのまま胸に抱く。


 気のせいかもしれないが、「之定」自身の息遣いを感じる。


 いまだ、親父の魂がそこに宿っているかのようだ。




 眠れず、夜更かししたのがいけなかった。自分でもよくわかっている。公休日以外の寝坊なんて、社会人としていただけない。


 よーっくわかってるつもりである。


 親父が、一生懸命「花粉に気をつけろ。ハウスダストにも気をつけろ」と叫んでいる。それから、くるりと踵をかえし、去っていった。

 親父は道着と袴姿で、仏教的なあの世ではなく、北欧神話のヴァルハラであろうか、神殿のようなところへ入っていった。


 おおきなくしゃみをしてがさめた。鼻がムズムズする。



 一瞬、自分になにが起こっているのかわからない。

 たしかに、仰向けになっている。天井がみえる。そのシミの一つ一つまで、はっきりと確認できる。


 でっ、相貌かおのまわりにある花はなんだ?一つや二つではない。大量にある。しかも双眸の上を、ふわふわとてふてふ、つまり蝶々が飛んでいる。


 いや、まてよ。体の上にも花がいっぱいのっている気がする。ってか、おれが花のなかに寝転んでる?まるで、棺のなかで花に埋め尽くされた死体のようだ。

 

 おれ、死んでるのか?


 その瞬間、眼前が真っ白になった。さらに鼻がムズムズし、くしゃみを連発する。呑気に舞っている蝶々たちが機嫌を損ねたのか、ふわふわとどこかへ消えてしまった。


「ぶへえっ!埃?なんで?」


 眼前を覆ったのは、まぎれもなく埃。しかも吸引していっきに排出したかのような大量の埃である。

 掃除機の逆流のような・・・。


「鉄、銀。デッド・ピープルごっこはフィニッシュだ。レッツ・クリーニング・ナウだからな」

「ファック!ウイ・ウオント・トゥー・プレイ・モア!」

「ファックだよね。デッド・ピープルごっこはソウ・ファニーなのに」


 んん?もしかして、つぎは異国にいってしまったか?


 だが、いまの声は、たしかに現代っ子バイリンガルの野村と、市村と田村・・・。


「な、なんじゃこりゃー」


 お寝坊さんの罰は、死人ごっこの死体役であった。

 体中、路傍の花と雑草まみれにされ、箒で集めた金子家中の塵芥の洗礼を浴びせられてしまった。



 朝食時に、局長から転陣についての発表と注意があったらしい。


 ここ数日のうちに、陣を流山にうつす。それまでに、金子家の邸内の掃除や修繕をおこなう。


 いよいよ、流山にうつるのである。

 

 うつったその翌日、新政府軍に包囲され、局長は単身出頭し、そのまま捕縛されてしまう。


 路傍の花や、塵芥まみれになっている場合ではない。


「ぐーっ!」


 とはいえ、腹の減り具合をなかったことにするわけにはゆかず、そのまま大広間へむかう。

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