「兼定」と「之定」
「もっとも、副長の初代「兼定」も、負の気はさほど感じられませんでしたが」
「そりゃぁ、いい意味にとっておいていいのか、俊冬?さっきの新八や斎藤のごとく、遣い手のほうがなんたらって、意味ってことか?」
「・・・」
なんてわかりやすいんだ。
俊冬の無言が、副長の問いをきっぱり否定する。
「ちっ!悪かったよ。ああ、ああ。おれは、きたねぇ技ばっかつかってる。それでも、相手を殺るどころか、動けなくするのが精一杯ってわけだ」
「それでいいのです、副長。いかなる理由があろうと、人間が人間の生命を脅かしたり奪ったりするのは、愚かな所業でございます」
「おいおい、たま。おれは、腕がないだけで、こっちでおおくの人間の生命を奪ってるんだぞ」
副長は、すらりとした指先で自分の口をとんとんと叩きつつ苦笑する。
「てめぇでやらず、他人にさせてるってところで、よほど卑怯だって思わねぇか?」
俊冬は、無言のまま両肩をすくめる。そこでやっと、俊春が副長へと視線を向ける。
「命じられても、いやならやらねばいいのです。それに従うということは、人間を害するのが大好きか、あるいは、あなたが大好きかのどちらかでしょう」
俊冬ではなく、俊春がぽつりとつぶやく。
つぎは、副長が無言のまま両肩をすくめる。
「ただ剣の指南をしてもらいたかっただけだが、重苦しい話になっちまったな。まぁいい。主計。おまえの「之定」を、ぽちにかしてやってくれ」
「ええ?それはかまいませんが・・・。誠にいいのですか?」
「たとえぽちが無腰のまま簀巻きにされてるとしても、おれに勝ち目はねぇってか?」
「ええっ?副長、よまないでください」
「そう思ってるんじゃねぇか、ええ?」
しまった。表情をよまれたかと思ったのに・・・。かつがれてしまった。しょーもない策に、ひっかかってしまうなんて。
「なにも本気でやりあおうってわけじゃねぇ。そうだな。ぽちたまの剣は、精神にしみる。否。揺さぶられるっていったほうがいいか?兎に角、それを感じてぇだけだ」
「あっそれ、なにかわかるような気がします」
てばやく得物を腰からはずすと、横に立っている俊冬へさしだす。
俊冬は、こちらへ掌を伸ばしたが、鞘をつかもうとする直前でその動きが止まってしまった。
「之定」をじっとみおろす俊冬。その瞳がうるんでいるような気がするのは、気のせいか。
かれは、はっとしたようだ。それからあらためて「之定」の鞘をつかみ、しばし、動きをとめる。
「なんですか?なにか、感じるんでしょうか?」
意味深な表情に、どぎまぎしてしまう。
なにか宿っているのだろうか?漫画的に、有名な物の怪とか、刀匠の精神がすっごいパワーとなって憑りついているとか・・・。
でも、そのわりにはおれ自身への影響は皆無なのだが。
どうせなら、「之定」をふるうときは、悪鬼のごとく強くなる、みたいなアイテムだったら、めっちゃクールである。
「い、いや・・・」
言葉すくなめに、弟に「之定」を渡す俊冬。
俊春もまた、「之定」を受け取るのに躊躇している。しかも、瞳から涙が零れ落ちてゆくではないか。
「くーん」
脚許から、相棒も心配げにみあげている。
副長と視線を合わせてしまう。副長も、ポーカーフェイスのなかに、かすかに驚きをにじませている。
副長とおれと相棒がみまもるなか、俊春はようやく掌をのばすと、兄から「之定」を受け取る。
指先が、震えている。
かれは、しばし掌のなかの「之定」をじっとみつめていたが、こらえきれずといったていで胸元にかきいだく。その間、ずっと涙は流れつづけている。
川の流れは穏やかで、さらさらという心地よい音が流れてくる。その音に、俊春の嗚咽が重なる。
感極まって、という表現ぴったりだろう。
正直、驚きよりも困惑してしまう。「マジ、ひくわ」というのともちがう。
一振りの刀に、これほど感情をあらわにするとは・・・。
いったい「之定」になにがあるというのか?
ずっと一緒にいて、しょっちゅう瞳にしているはずなのに、いまさら感動するのか?じつは、「之定フェチ」だと?いや、それだったら「兼定」もさしてかわりはない。なにゆえ、「之定」なのか?
疑問と違和感が、脳内で錯綜しまくっている。




