眠れぬ夜に
「まぁそのぽちたまがあらわれないので、産まれるのはまだなのであろう」
「おれも、立ち会いたいですね。感動的っていいますし」
立ち会わせてもらう約束をする。ってか、流山に移るのも、もう二、三日のこと。それまでに産まれてくれればいいのだが。
なーんて、都合のいいことを考えてしまいながら、相棒とともに散歩に出発した。
「さみしくなったよな、相棒」
あるきつつ、しみじみといってしまう。幕末にきてから半年くらい、いや、半年も経っていないのに・・・。
なんか、さみしすぎてやる気も力もでない。頭のかけた「アOパンマン」とおなじである。
脚は、綾瀬川のほうへと無意識のうちに向いてしまう。
日野の多摩川でみんなでやった、石切りをしたくなったのである。
多摩川ほどおおきくはない。昨日は、上流から激しい泥流にまじって木切れや板など、いろんなものが流されていたが、いまはそれもおさまっている。おだやかな水面に、月がひっそりと浮かんでいる。
土手というほどではないが、それっぽいところから川をみおろす。すると、左脚すぐうしろにいる相棒が、鼻面を右のほうへと向ける。
ぽちゃんというかすかな音につづき、川に浮かぶ月が揺れる。微風が、頬をやさしく愛撫する。
「副長・・・」
葦の間にみえかくれしているが、たしかに副長がいる。月明かりの下、川縁でうんこ座りし、小石を拾ってはオーバーハンドで川にそれを投げている。
声をかけようとするも、なんとなくはばかられる。
斎藤は、副長の懐刀といっても過言ではない。もっとも信頼できる親友なのだ。みずからの意思とはいえ、手放さねばならなかったのは、副長にとってはなによりイタイことであろう。
どうしようかと悩んでいると、相棒の鼻面がさらに右手のほうへと向く。ピンと立つ両耳が、ぴくぴく動いている。
まだだれかいるのだ。
精神を集中し、耳をすませる。かなりかすか、ってか、幻聴かってレベルで、なにかがぶつかりあう音が、するようなしないような気がしなくもない。
『壁のなかから声がするんです』とか、『空からなにかが命令してくるんです』的な感じか?
相棒は警戒していない。ということは、害をなすものではない。
黄昏ている副長はひとまず置いておいて、そっちのほうを調べてみることにする。
副長のいる位置から、500メートルくらいだろうか。すでに村からでているようだ。川とは反対側はなにもなく、川の向こうも野っ原のようにうかがえる。
川べりも葦がいつの間にかなくなっていて、ただ土と石ころだけがひろがっている。が、夜目にも、昨日の雨でぬかるんでいるのがわかる。
双子である。あいかわらず、夜中は鍛錬タイムをもうけているようだ。しかし、局長や副長から注意されていることもあり、地獄道レベルから餓鬼道レベルにソフトな感じになっているのであろう。たぶんだけど・・・。
かりた着物を諸肌脱ぎし、そのうえで尻端折りしている。
この距離からでも、かれらいわく「見苦しきもの」という傷痕がわかる。いたるところにあるさまざまな形の傷痕が、月の光を受けて白く浮かび上がっている。
いまさら気配を消してもおそすぎる。すでに、金子家をでたときから、気配と気、においで気がついているだろうから。
ゆえに、堂々と相棒と土手に座り、眺めることにする。
体育座りする左横に相棒がお座りしている。そして、格闘している双子を一心にみつめている。
その瞳は、まるでじゃれあう仔狼をみる親狼の瞳である。そして、おなじような瞳をもち、おなじように仔狼をみる人間がいる。
まぁ、じゃれあうってところで無理があるかも。かなりマジな、いやいや、超絶ハードな本格的で実践的なぶつかり合いってところか。
ははは・・・。現代では、漫画にしろ小説にしろ、ファンタジーはさほどみるほうではなかった。ファンタジー要素の歴史というのはありでも、ガチファンタジーはなかなかふれる機会がなかった。
なのに、なにゆえかれらにそれをみる?感じる?
満月ではないが、月の光は強烈なほどである。二頭の狼が、たがいの爪と牙を駆使し、ぶつかり合う雄姿がよく映えてる。映えすぎていて、CGみたいだ。
「なんだ?あいつら、またやっているのか?」
まったく気配を感じなかった。相棒がそちらへ鼻面を向けたかもしれなかったが、気がつかなかった。
いつの間にか副長がやってきていて、うしろに立っていた。みあげると、イケメンが川原でぶつかり合っている二頭の狼を、いや、双子を、双眸をほそめてみている。
まさしく、横にいる相棒とおなじ双眸で、満足げにみている。
「副長・・・」
あんなに黄昏ていたのに・・・。
まるでなにもなかったかのように、ふるまっている。
こちらのほうが、気をつかってしまう。
副長は、おれが土手の上からみていたことに気がついているのだろうか。
おれの内心の動揺に気がついてかつかぬのか、相棒をはさんで向こう側におなじように体育座りをする。
三人で、しばし無言のまま、双子がぶつかり合うのをみまもる。




