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斎藤一の真実

「きいたところでっさ。すぐ準備しまっさかい」

「すまぬな」


 三番組の隊士たちは、副長のその一語に意外な表情かおになったが、すぐに口角をあげる。


「心配いりまへんで、副長はん。組長はんは、わしらがしっかり護りまっさかい」

「しっかりやってや、「参謀とは漢字ちがい」の伊藤はん」


 大阪弁には伝染性がある。副長ですら、そのウイルスにかかってしまう。

 副長が大阪弁それでやりかえすと、みな、大ウケする。


「まかしときなはれ。せやけど、副長はん。その二つ名、もうええでっしゃろ?」


 そう。おねぇの本名の伊東と区別するため、みな、かれを「参謀と漢字ちがい」の伊藤、と呼んでいた。

 おねぇが新撰組ここにいたとき、一応、参謀という肩書だったのである。


 三番組の隊士たちの背をみ送っていると、双子が袱紗っぽいものを胸元に抱え、やってきた。


「わたしは、このままかれらの手伝いをしてまいります」


 副長が斎藤の部屋の障子に掌をかけたとき、島田が声をかけてから返事をまたずに伊藤たちのあとを追って廊下をあゆんでいってしまう。


 気をつかっているのである。さすがは、気配り上手の島田であろう。


「斎藤、はいるぞ」


 入室の許可を求めるのと、障子をひらけるのが同時である。


「もうっ!急に開けるなよ。ちゃんと声をかけろっていってるだろ」


 って、反抗期の息子みたいに怒鳴ってこなかったので、副長はそのまま入室する。もちろん、しれっとそれにつづく双子とおれ。


 わお・・・。どよどよどんより感が半端ない。

 だれもがさほど、荷物があるわけではない。ゆえに、斎藤も荷造りをおえていた。


 斎藤は、自室の真ん中できちんと正座をしている。その両腿の上には、風呂敷包みがちょこんとのっている。


「斎藤・・・」


 自分で指名したにもかかわらず、斎藤の無言の非難に挫けそうになっている副長。


「承知しているつもりです」


 斎藤は相貌かおをあげ、視線を副長にしっかりとあわせて告げる。


ここでは、副長が配慮していただいているということを、わかっているつもりなのです。しかし、ここでは・・・」


 斎藤は利き腕でないほうの人差し指で、まずは頭を、ついで胸を突く。


「斎藤、すまない。おまえしかおらんのだ。おれが信頼でき、隊士たちをまとめ、会津藩とうまく渡りあえるってやつがな。それに、会津侯や会津のお偉いさんの信も厚いってこともある」


 副長も、そこはしっかり話をしておかねばならぬことを理解している。

 たとえ心中では後悔していたとしても。


 ぶっちゃけ、伊藤ら三番組の平隊士だけ向かわせてもいいのである。向こうには、三番組の伍長である久米部がいる。久米部が指揮をとっても、なんら問題はないのだから。


「斎藤、おめぇもわかってるだろう?」


 副長は、声のトーンを落とす。


「おめぇは、新八同様生き残るってことがわかってる。会津で、だ。おめぇほどの腕だ。おれたちといて万が一ってことがあるとも思えんが、念には念を入れておいても損はねぇ」


 副長は、坂本や中岡、山崎らのように、死ぬはずだった運命さだめを克服したケースがある一方で、生き残るはずだった運命さだめが歪み、死んでしまうという最悪のケースを想定している。


 それだけは、是が非でも回避せねばならぬのだ。


 だからといって、斎藤がいまこのタイミングで新撰組ここから離れ、会津にいったからといって、確実に生き残れる、あるいはなにも起こらぬ、とはいいきれない。

 

 それでも、副長は斎藤を手放すことを決意した。

 それは、ある意味では永倉や原田との別れよりもつらいものであろう。


「結局、おまえは会津に残ることになる・・・」

「いいえ。めいさえ撤回してもらえば、わたしはあなたについてゆきます。蝦夷であろうと、あの世であろうと」


 斎藤が膝立ちになったので、風呂敷包が膝から転がり落ちてしまう。それもかまわず、かれは膝立ちのまま両腕を伸ばし、副長の前腕をがっしりつかむ。


「お願いです、副長。わたしを、わたしを一人にしないでください」


 こちらの胸が痛くなるほど、斎藤の声が哀れっぽい。かれの頬を、涙がつたう。


 孤高の剣士。一匹狼の人斬り・・・。


 後世のさまざまな創作のおかげで、かれのことを勝手にイメージしていた。


 だが、実際はちがう。


 斎藤一は、人間ひとが好きなのである。


 それ以上に、さびしがり屋さんなのである。


 信頼し、される仲間が、側にいるだけでいい。


 ただそれだけでいいのだ。

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