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副長の決断

 金子家の一番ひろい部屋である。おそらく、ちょっとした旅館の大広間くらいはあるだろう。とはいえ、華美な装飾はいっさいない。ちいさな床の間に、華が活けられているだけである。木瓜の花であろうか?なんとか焼であろう壺に、こじんまりとその妖艶さを誇っている。


 開け放たれた障子の向こうの庭で、隊士たちが木刀で打ち合っていたり、銃を構える稽古をしている。遠くのほうから、市村と田村が相棒と追いかけっこでもしているのか、甲高い笑い声や叫び声が流れてくる。


 室内のだれもが、ただじっと副長の決断をまっている。その沈黙は、不安と緊張とで彩られている。だれがいくことになっても、正直、痛いことにかわりはない。それは、戦力という面においてもであるが、なによりはなればなれになるという心情的な面によるものがおおきい。


 庭から視線を戻す。副長が、こちらをみている。そのは、おれの表情かおからなにかをよもうとしているのではなく、なにかを思いだそうとしているかのような、思慮深いものである。


「局長の申されるとおり、新撰組おれたちは結成当時より会津にはずいぶんと世話になった。新撰組という名も、もとは会津からもらったもの。その大恩を、精一杯返そうという心意気はあっても、おそらく返しきれねぇだろう」


 副長の言葉に深くうなずいたのは、局長である。

 

 副長は言葉をとめると同時に、おれから視線をそらす。その瞬間、に決意の光が宿ったのを感じた。


「斎藤。三番組の手練れを率い、会津にいってくれ」


 その副長の一言は、この場にいる全員を驚かせた。


 まさか懐刀を、いまこの時点で手放すとは・・・。


「副長?なにゆえ、わたしなのです?」


 斎藤のこの狼狽ぶりは、これが最初で最後かもしれない。


「きまってるだろうが。数はすくねぇが、新撰組うちでも最強の剣士を送りたいんだよ。おまえと、おまえが指揮する三番組なら、会津で十二分にやってくれる。おまえ以外に、だれが考えられるってんだ、斎藤?」

「歳・・・。いいのか?」


 副長の決意を、局長も意外に思っているらしい。


「斎藤君・・・。歳、否、副長の決断だ。なに、これで別れるわけではない。あくまでも、新撰組本隊が到着するまでの別動隊。しばしの別行動だ」


 つい先夜、局長は斎藤もふくめたおれたちに、副長とともにいて支えるよう頼んだばかりである。それが、まさかの別れがこようとは、あの夜、局長も想像していなかったにちがいない。


 斎藤は狼狽えつつも、自分の気持ちを伝えようと幾度も口を開きかける。が、そのつど閉じてしまう。


『肩を落とす』という慣用句があるが、その表現もなまやさしいほど、かれの両肩が落ちている。


「斎藤。手下てかに告げ、すぐに出立の準備をしてくれ」

「はい・・・」


 副長にせかされ、斎藤はうなだれたままのろのろと立ち上がり、部屋からでてゆく。


「これにて、しばらくまっていてくれ。急な話で、隊士たちも準備にしばしときが必要であろうから」

「あの・・・。われわれは、斎藤さんに同道いただけるのでしたら、それにこしたことはありませんが・・・。ですが、誠にまいっていただいていいのでしょうか」


 兼川は、空気をよんでおずおずという。


「斎藤には、ちかいうちに会津に向かうよう頼むつもりだった。それがはやまっただけのこと。おぬしらは、なにも案ずる必要はない」


 副長は、心ここにあらずといったていで応じる。


「ならば、わたしは会津侯と田中様に返書をしたためよう。俊冬、俊春。いくばくかの資金を準備してくれ。島田君と主計は、出立する隊士たちの準備を手伝ってやるのだ。副長。出立組に、あらためて下知してほしい」


 局長は、それぞれに命じてから座を立つ。


 用事をいいつけられたが、ぶっちゃけ、斎藤にお別れをしろということである。


 すぐに、斎藤のもとへむかう。


 副長を先頭に、廊下を斎藤の部屋へと急ぐ。双子は、金子家の金庫に預けている金子をとりにいっている。

 

 金子家の金庫は、欅無垢材の船箪笥である。もちろん錠付きで、一面に松竹梅が描かれている。おおきさは、幅高さ奥行き、それぞれ45cmほどであろうか。この時代ものでも耐火性を備えているというから驚きである。

 

 斎藤の部屋から、三番組隊士が数名でてきた。初期の時分ころより三番組に属してる古参で、相棒の小屋、っていうか、御殿を建ててくれた元大工の伊藤もいる。


「きいてくれたか?」

「副長はん」


 さすがである。コッテコテの大坂人である伊藤は、役職に「はん」をつけるのである。


 ちなみに、「はん」とは、「~さん」という意味である。「~さん」にしろ「はん」にしろ、役職はそもそも敬称が含まれているので、つける必要はない。


 ってか、マナー講座をしている場合ではない。


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