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兼定様に沢庵を

 それにしても、双子はうまくかわしたものである。


 体のいたるところにある銃痕。さすがに、唐突かつダイレクトに尋ねるのは躊躇してしまう。しかし、副長ならド厚かましくも、尋ねられるだろう。

 


 忍び対決の際には、その突拍子もない忍術もどきに度肝を抜かされたあまり、体の傷痕のことを指摘する者はいなかった。

 はたして、さきほどのような風呂場シーンなら、指摘できたであろうか。


 いや・・・。チャンスはまだあるはず。

 ってか、これって完璧セクハラな上にモラハラじゃないか?



 翌日は、快晴である。前日の大雨が、嘘みたいである。


 朝一番から、女児とその両親、祖父母がお礼にきてくれた。自分のところで採れた筍の佃煮と、祖母が漬けたという沢庵をたくさんもって。


 俊春が、女児を物置から解放した。ゆえに、女児はもじもじしながら俊春に礼をいいたいという。ついでに、先日の飴細工の礼も。


「無事でよかった」


 局長は、女児の頭を撫でながらしみじみいう。

 あいにく、双子は局長から頼まれた使いにいって不在なのである。


 局長の文を、自宅で留守を護る妻子に届けにいっている。


 局長の娘のたまより、こののほうがすこしおおきいだろう。


 局長は、こののことを、自分の娘とダブらせているのだろうか。


「おお、佃煮と沢庵ですか。新撰組われわれは、当然のことをしたまでで、かような貴重なものをいただくわけにはまいりませぬが・・・。せっかくのご厚意。ありがたくよばれましょう」

「沢庵は、土方様と兼定様がお好きだと」


 父親が、にっこり笑っていう。


「兼定様?ああ、兼定は、そこにお座りしている犬です」


 局長の太い指が、おれの左脚のほうを指す。すると、女児の一族はたいそう驚く。


「まさか犬が・・・。てっきり、飴細工の方かと」


 そう思って当然だろう。犬が沢庵好き?って、フツーは驚く。


「あいにく、土方も飴細工の職人も他出しておりましてな。どちらも昼まえには戻りましょう。わざわざ、ご足労いただいたこと、かれらに伝えますゆえ」


 たがいに礼をいいあい、かれらがかえろうとしたとき、局長が詫びる。


 ってか、双子は飴細工職人になってるし。


 それは兎も角、謝罪の内容は、無理矢理村におしかけて居座っていること。調練などで騒がしくしていること。女児を誘拐した連中は、自分たちとおなじ側の人間もので、女児に怖い思いをさせ、両親や祖父母をはじめ、村の人々を案じさせたこと。

 そういうことを挙げ、深々と頭を下げたのである。


 もちろん、それに合わせておれたちも頭を下げる。


 両親も祖父母も、その謝罪に驚きの表情かおのまま、去っていった。


 噂にきいているであろう新撰組の実像とは、ずいぶんとちがっている。

 いまの表情かおは、ありありとそう物語っていた。


 さきに戻ってきたのは、副長と斎藤と島田である。三人は、この辺の有力者に資金援助のお願いをしにいっていたのである。


 そして、それから半時(約1時間)後、双子が戻ってきた。

 旅装の武士を数名伴って。


 かれらが金子家の庭をあゆんでくるのを、相棒と並んでぼーっと眺めていた。


 まさかこの後、突然の別れが訪れることなど、想像もしていなかった。


「おお、直記ではないか」


 斎藤が気がつき、陽気に声をかける。


 先日、突然やってきて新撰組への入隊を希望した、会津藩士兼川直記である。ほかの武士も、すべて会津藩士のようである。


 双子が、局長の自宅を訪れたかえりに、ばったり会ったという。


 会津藩士たちは、国許、つまり会津に戻るという。そのまえに、会津藩の家老田中からの文を届けるようにと告げられ、届けてくれたらしい。


 すぐに、局長と副長がかれらに会い、その文をうけとった。


 同席するのは、斎藤に島田、蟻通、安富に尾関に中島。双子とおれである。


 田中、いや、会津候からのお礼の手紙である。


 会津へさきに向かった「大坂人なのにおもろくない久米部」と隊士たちが、会津に無事到着した。療養がおわり次第、会津の防衛に参加するという。

 

「大変心強い」・・・。幾度も記されているという。


 そして、それとはべつに、田中からの文もあった。


 ぶっちゃけ、もっと隊士ひとをよこしてくれないか、という内容である。それは、会津候からの依頼や、ましてやめいではない。あくまでも、田中からのお願い、である。


 その文面から察するに、会津候は、斎藤か双子にきてもらいたがっている節があるという。もちろん、会津候が、そのようなことを口の端にのぼらせるわけもない。が、田中はそう感じとっているという。


「会津には大恩がある。久米部ら数十名だけで、それがかえせるわけもないが・・・」


 局長はそうつぶやく。無意識なんだろう。

 拳固がはいるほどおおきな口から、嘆息が漏れる。


「微力ながら、さらに隊士を向かわせよう」

「それは、心強い」


 局長の決断に、兼川ら会津藩士たちがわく。


「でっ、だれをやる?」


 副長の問いに、局長の視線が斎藤へ、それから末席にひっそりと控える双子へとはしる。


「人選は、歳。いや、副長に任せよう。急だが、兼川君らと発ってもらう」


 たしかに、急すぎる。だが、会津藩士たちがそうであるように、敵が迫っているいま、移動するのははやければはやいほどいい。


 とはいえ、いますぐ出立しなければならないのである。


 物理的な準備どころか、心の準備もままならぬうちに。

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