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侠客

「おいおい、気をつけろ」

 永倉がおれを突き飛ばす。


 ぶつかったおれを、である。


 剣術で鍛えた分厚い掌が肩を突き、その衝撃でよろめき、たまたま・・・・ちかくを通りかかった男に衝突する。


「なんやあんた?痛いやないか?」

 男は、凄んでくる。

 それから、おれの腰の物に気がつく。


「すまんな、文句やったらあいつにいうてくれや」

 声を潜め、背後の永倉にちらりと視線だけ向け、男に謝る。


「気ぃつけやっ!」

 すごすごと引き下がり、さっさと去ってゆく男の背に、「すまんかったな」ともう一度謝る。


 自分の懐に掌を入れ、獲物を確かめる。

 すばやく位置を確認すると、さらに三人の男の肩にぶつかり、そのつど謝る。


「へー、驚いたな。こっちの言葉、うまいんだな。まるで、ずっと京に住んでるみたいだ」


 戻ってくると、永倉が讃辞を送ってくる。


 がっくりきてしまう。原田の足許で、相棒が笑みを浮かべている。


「そこ、ですか、永倉先生?おれは時代ときは違えど、京で生まれ育ってます。一社会人として使いませんが、こっちの言葉は完璧ですよ」


 不満げな声音に、永倉も原田も笑いだす。

 相棒も唇を上げている。


「冗談だよ。それにしても、うまいもんだ。おまえは、掏摸もやっていたのか?あー、なんだ、任務で?」


 永倉が苦笑交じりにいっている途中で、三人ともその男たちに気がついた。


 六人の男が、ちかづいてくる。五人は、黒地に胸元に家紋のような印の入った揃いの袢纏を纏っている。そして、六人目はさきほどの掏摸の男である。


 掏摸の男は四人に囲まれ、そのうちの一人に、文字通り首根っこを捕まえられている。


 先頭の男は、小柄ながらすいぶんと迫力がある。はだけた胸元から晒がみえる。そして、そこにドスをさしこんでいるのも。


 侠客・・・。


 一昔前の仁侠映画のまんま、という感じである。もちろん、リアルにはしらない。が、刑事長でかちょうが、「映画館からでてくる男はみんな、ポケットに掌を突っ込み、肩で風を切っていたもんだ」といっていたのを、面白がってきいていた。


 先頭の男は、そう、数年前に亡くなった高倉健たかくらけんを彷彿とさせる。かれの任侠映画を、BDやCATVでよく観た。男からみても男、だ。


 もっとも、クール、無口、無愛想、の鉄板は、堅気の会社や役所勤めではとても通用しないだろう。コンプライアンス上、すぐにクビにされることはなくても、注意や勧告の上あらためさせられるか、それができない場合は・・・、ってことになる。


「こりゃぁ、新撰組の組長さんらやないですか?」

 先頭の男がいう。声音も渋い。


「会津の・・・。ほう、ここいらもあんたらのしまかい?」

 永倉が、片掌をひらひらさせながら応じる。


 ええっ!心中で驚く。


 これが会津の小鉄あいづのこてつこと、上坂仙吉こうさかせんきちだというのか?

 誠の任侠、といわれている?


 清水の次郎長じみずのじろちょう新門辰五郎しんもんたつごろうとともに、有名な任侠である。

 そして、その縁として、いまもなお会津小鉄会としてつづいている。それは、京都では最有力の指定暴力団として鉄板の位置にいる。


 いや、だからといって、いまここで会津の小鉄を殺せば、歴史がかわって現代から指定暴力団がなくなる、という問題ではない。


「ここいら、というんが京の都のことをいうてはるんやったら、そうですな」

 会津の小鉄は、そういうと渋く笑う。


 そのうしろで、子分どもがにらみをきかせている。五人とも、袢纏を脱いだら昇り竜やら不動明王やらの紋々を拝めるに違いない。TATOO、ではない。彫師が時間と腕をかけ、丹念に彫った誠の刺青である。


「そちらは?新入隊士はんでっか?さきほどの手際、じつに見事なもんやった」

「相馬です。せっかくの祭りに水をさすのもどうかと・・・。穏便に済ませるつもりでしたが、いらぬことをしてしまいました」

 素直に詫びる。


 こういう世界には、仁義というものがある。それを、踏みにじったことになる。


「いや、その気持ちだけで充分です。あとはわたしらが・・・。後日、また礼はさせてもらいます」


 そして、颯爽と去ってゆく。


 かっこいい!


 心から惚れる。

 もちろん、男気に、という意味で。


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