魅惑の入浴タイム
おそるおそる脱衣所の扉をあける。
ありがたいことに、副長と斎藤は、すでに風呂場にはいってしまっているようだ。
脱衣所の入り口すぐのところに棚があり、そこに真新しい手拭いがある。それを掌にとり、着ているものを脱いで駕籠に放り込む。
なかから、くぐもった会話がきこえてくる。が、はっきりとはきこえない。
マッパになり、手拭いでしっかり下半身を隠してから、風呂場への引き戸を開ける。
「主計、おそいぞ」
湯煙のなか、人影がそう投げつけてくる。
一つ、二つ、三つ、四つ・・・。
ん?なんかおおくないか?それに、いまの声は・・・。
「まちくたびれてしまった。さあ、ひさしぶりにいいことをしてやろう」
突如、両脇から腕をつかまれ、ぐいぐいとサンドイッチされてしまう。
「ちょちょちょっ。『ぽちたまは、湯を沸かしている』って、蟻通先生がおっしゃっていましたが?」
「沸かしていた。が、みよ。湯は充分沸いておるし、つかうのはおぬしで最後。もう沸かす必要はない」
「ちょっ、このシチュエーションは、ついこのまえもありましたよね、たま?」
「あのときは、主計の大好きな八郎君の屋敷の風呂であった」
「たま。大好きではなく、愛するでございます」
すかさず、俊春が突っ込む。
「ちょっ、ぽち。だから、ちがいますって。ってか、なにゆえ、おれにかまってくれるのですか?おれは、あなたたちより下っ端です。かまうなら、上司をかまってください」
「ご謙遜を。われらは、散歩係より下のただの使いっ走りだ」
「さよう。散歩係様より、はるかに下っ端である」
俊冬も俊春も、両脇から容赦なくサンドイッチしてくる。腕がしびれている。それどころか、指先までしびれて感覚がなく、いまにも手拭いが落っこちそうである。
「おいおい、ぽちたま。いいかげんにしてやれ。一応、主計も兼定のお付きとして捜索に参加してたんだ。疲れてるだろう。風呂くらい、ゆっくりつからせてやれ」
副長が湯船から注意してくれたが、その一応って言葉にもやもや感が募る。
「ちっ。生命びろいしたな、主計。なれば副長、お背中をお流しいたしましょう」
俊冬は、イジメの現場を担任におさえられた的につぶやいた。
つづいて、湯煙のなか、俊春の舌打ちの音が耳を打った。
「ってか、あなた方は風呂に入らないんですか?」
ぎゅうぎゅうと両脇からはさまれていたので、双子の姿をみる余裕がなかった。あらためてみてみると、双子は柄こそちがえど粗末な木綿の着物を尻端折りしている。
「風呂?」
「風呂?」
湯船からあがった副長と斎藤にちかづきつつある、双子のあゆみが同時にとまった。
「風呂という習慣は、人間のものと理解しておるが?」
「えっ?それはそうですけど・・・。まさか、風呂嫌いを「犬だから」ってごまかすわけじゃありませんよね?」
だったら、無理にでもはいらせたくなるというのが人間の心理ではなかろうか?
いや。そもそも、風呂に入らないなんて不潔すぎる。
とはいえ、これまで二人が汗臭かったりってことは一度も感じたことがない。それどころか、ムシューだ。
そういえば、忍びとの戦いで、あらゆるにおいをさせぬといっていたのを思いだした。
では、どうやって?井戸で水浴び?冬も?つねに体臭をさせずにおく秘訣を、ぜひともうかがいたいものである。
「秘密だ」
あれやこれやと考えていると、俊冬が一語で答えてくれた。
はいはい。どうせ異世界転生で、汗をかかない鳥とか鯨といった生き物でもやってたんでしょうよ。
「いや。おれたちはいい。おまえたちも風呂にはいるといい」
「そういえば、おぬしらは風呂どころか喰ったり眠ったりしているところをみたことがないのだが・・・」
洗い場に胡坐をかきつつ、副長につづいて斎藤が疑問をぶつけた。
湯煙がおさまってきた。その斎藤の素朴な疑問に驚きを示したのは、問われた当人らではなく副長である。
胡坐をかいたその両腿に、手拭いがひろげられている。
「たしかに・・・。そういわれてみれば・・・」
そして、ぽつりとつぶやいた。
いつもうまい飯をつくってくれるし、喰ってるときには給仕をしてくれている。そのあと、きっちり後片付けまでしてくれている。食事にとどまらない。掃除や洗濯、風呂も沸かしている。それにともない、薪割りもやってくれている。針仕事もである。使い走りや食材の買いだし、獣の猟に魚介類の漁もこなしている。一つところに長期間落ち着けるのなら、農作物に家畜の面倒もみるはず。それは兎も角、その他もろもろの雑用もこなしている。しかも、本職といえるのだろうか。いまだったら、物見や間者として、敵や味方の様子を探ったり、根回しに手回しをしまくっている。
喰ったり入浴したりもだが、眠る時間があるのだろうか・・・。トイレできばる時間があるのだろうか・・・。
もう何十回と、不思議に思っている。
「霞と空気があれば・・・」
「仙人かいっ!」
俊冬がいいかけたところに、反射的にツッコんでしまった。
よしっ!自分でも驚くほどツッコミがうまくなってる。
ってか、これって幕末を生きるのに、必要なスキルなんだろうか・・・。
「残念ながら、仙人に到達するにはまだまだ・・・」
「まだいうんかいっ!」
さらにツッコんでしまった。
「いいかげんにしねぇか、主計。ぽちたま、脱いでこい」
えええ?副長、なんでおれだけ注意するかな?それに、いきなりセクハラですか?




