「Give me a break」
「主計、ずぶ濡れではないか。副長やぽちたま先生は、「水も滴るいい男」がぴったりだけど、おまえは「水も滴る」っていうよりかは、転んで川に落ちたって感じだよな」
「はあ?利三郎。濡れるのがいやだからって、捜索に参加しなかったおまえにいわれたくないよ」
「ギブ・ミー・ア・ブレイク。捜索に参加しなかったわけじゃない。できなかったんだよ。ボスから、万が一のつなぎに、金子邸で待機するよう、仰せつかったんだ」
あーいえばこーいう、現代っ子バイリンガル野村。
ってか、ずっとまえに教えた英語やスラングを、メモってたわけでもないのに覚えていて、しかも、絶妙なタイミングで駆使するって、記憶力が抜群で頭がいいんじゃないか。
野村よ。その記憶力と頭を、この時代のニーズにあうことに駆使してくれ。
「ったく。よくみてみろよ。全員がずぶ濡れじゃないか。なんで、おれだけが転んで川に落ちたってことになる?」
「ほかのみんなは、雨に濡れちゃった的だけど、おまえだけは転んで川に落ちちゃった的にしかみえないんだよ。自分でも、ホワイ?ってなってる」
野村よ。おまえの現代っ子バイリンガルっぷりに、おれはもうついてゆけそうにない。
みな、笑っている。あいかわらず、おれ自身の身をていして笑いをとっていることに、なにゆえか満足感を得る生粋の関西人であるが、その間に、副長が局長に詳細を伝えたようだ。
「とっとと戻って、ひとっ風呂浴びるぞ」
副長のツルの一声で、みな、またぞろぞろと金子家へとむかいだす。
「たま。よくやってくれた。だが、あんまりがんばりすぎるな」
副長は、俊冬の横を通りすぎるさいにそうささやきつつ、さりげなくかれの頭をなでる。それから、兄の強烈なストレートを頬にまともに喰らい、しゃがみこんでいる俊春を立たせてやりながら、かれの頭もさっとなでる。
「ぽち。おまえもよくやってくれた。耳朶や片瞳の不調など、おまえにとってはたいした障害にならぬ。おれもおまえの兄貴も、よくわかってる」
俊春の耳にささやく副長。とはいえ、わざと俊冬にきこえるようにささやいたのである。
結局、風呂にはいるまえに相棒を洗った。双子がいいきかせつつ、斎藤と島田と安富に手伝ってもらい、桶の水をばんばんぶっかけ、金子家で融通してもらった手拭いで拭いた。
そして、風呂をいただくことになった。
金子家の風呂はけっして狭くない。が、風呂屋でも旅籠でもないので、けっしておおきくもない。
さきに隊士たち、である。これが、ほかの組織とはちがうところであろう。まずは下の者から。
とはいえ、おおくが風呂好きであるわけではない。実際、京の屯所に、ちゃんとした風呂ができ、入浴なるものが義務化されるようになったのは、松本の健康診断で「新撰組は不潔」のレッテルをはられて以降である。
蚤や虱の巣窟だったのだろう。おれがくわわった時分は、暑い盛りをこえ、さほど異臭が漂っていたわけではない。が、たいそうすごかったんであろうことが、容易に想像できる。
いまも、寒い時期なら体をあたためるために、みな、しっかりと湯船につかったんだろう。残念ながら、そういう時期ではないので、「烏の行水」ですます者がほとんどだったにちがいない。
さほどまつこともなく、お呼びがかかった。
やはり、他人といっしょに、というのは気がひける。が、団体生活において、わがままをいうわけにはいかない。
それに、双子をはじめとし、体や相貌に傷のある者はすくなくない。ってか、新撰組では、無傷っていうほうが稀有な存在である。
おれの弾痕など、だれも気にやしないだろう。
いいや・・・。
おれが気に病んでいるのは、誠に胸の弾痕のことなのか?もしかすると、もっと下のほうのことを・・・?
あれやこれやと考えつつ、急遽、金子家と村の人々から寄せ集めてくれて届けてもらった着物に着かえ、風呂場へとむかう。
濡れた軍服は、相棒を洗ったのち、双子がみなから回収し、てばやく洗濯してくれた。皺になるといけないので、とりあえず、干してくれた。明日は、快晴だという。お日様にあて、はやければ昼過ぎには乾くかもしれない。それまで、捜索に参加した全員が、借り物の着物を着用することにする。
脱衣所に入ろうとしたところで、島田と蟻通、さらに安富がでてきた。島田だけは、着物の丈がつんつるてんである。
「主計。いい湯だったぞ。いま、副長と斎藤が脱いでいるところだ」
島田は、つんつるてんの着物が気恥ずかしいのか、湯にほてっているのか、真っ赤な相貌をしている。
「えっ、副長と斎藤先生が?あの・・・」
「ぽちたまは、湯を沸かしている。金子家の小者にかわってな」
蟻通まで、おれをよんでくる。
そのにやにや笑いの相貌に、頭突きを喰らわせたい衝動に駆られる。
「よかったって思っているであろう?」
そして、安富までよんでくる。しかも、心眼に通じている敵キャラみたいに、クールにきいてくる。
「やめてくださいってば」
「あのなぁ、主計。おまえ、全部表情にでてるってば。おれたちに、ぽちたまみたいな力があるものか」
「そうそう。勘吾の申すとおり。まっ、裏表のないやつは、きらいじゃないがな」
安富が、肯定してくれたっぽい。
「馬とおなじだ。では、ごゆっくり」
え?馬と?
三人の背を見送りつつ、もやもやしてしまう。




