妖怪と導師と式神
「あいつら・・・。飽きさせねぇよ、ったく」
副長も苦笑している。
「祓い屋?」
男たちの疑心暗鬼の声がきこえる。そりゃあそうだろう。突拍子なさすぎる。
が、俊冬の切羽詰まった声と内容に、ようやく戸をひらけた。
戸口に、三名立っている。その奥はみえない。囲炉裏で火を焚いているのだろう。それをバックにしているので、三人の姿は陰になっており、恰好まではよくみえない。
「わたしは、たま導師。陰陽師くずれの祓い屋でございます。こちらは、わたしの式神の狼鬼でございます」
たま導師?なんか、それっぽい。それに、相棒は、とうとう狼鬼っていう式神になってしまってる。
それこそ、漫画にでてきそうで、めっちゃかっこいい。
「式神?」
男たちが一斉に叫んでいる。それから、おれたちはいっせいにつぶやいてしまう。
ってか、式神って創作の世界のものかと思っていた。有名どころでは、役小角が使役した「前鬼・後鬼」や、安倍晴明が使役した「十二神将」である。
創作における呪法の一つなのだと思っていた。かっこいいなー、なんて漫画をよんだりしていたが、マジだったんだ。
もちろん、相棒はリアルには犬だし、一枚の和紙から呼びだされたものではないが。
そういう術は、存在しているんだ。
俊冬の前世が安倍晴明であったとしても、納得してしまうだろう。
脳裏に、なにゆえか「帝都O語」が浮かぶ。系統はじゃっかん異なるが、主人公の魔人加藤も、俊冬とおなじ「関の孫六」を所持する剣の達人である。
「でっ、その祓い屋が、なに用だ?」
そんなことを考えていると、代表者の応じる声がきこえてきた。
この突拍子のない訪問者の出現に、疑惑というよりかは怖れを抱いているらしい。
声が、かすかに震えている。
「狼鬼が、このあたりに件のにおいを嗅いだようでございます。わたしは、その件を追っておりまして・・・」
「件?」
男たちがトリオる。
「ご存じありませぬか?いまより五十年ほどまえ、越中国は立山というところにあらわれし、妖怪でございます。ここ数年の血なまぐさい世に、日の本のいたるところに跋扈しております。わたしは、退治するのに日の本全土を行脚してまいっております」
「そ、それは大変だな」
代表者は、律儀である。ちゃんと、いたわるところが笑ってしまう。
「それで、その件という妖怪が、このあたりにおると?」
「はい、さようでございます。狼鬼は件のにおいを追うために、わたしが調伏せし式神。間違いございません」
三人はもとより、小屋内のほかの男たちのどよめきもきこえてくる。
「ここには、わたしたちしかおらぬ。妖怪など・・・」
「件の誠の姿は、人面で体躯は牛でございます。が、ふだんは幼女に化けたり、若い男に化けたりと、たいていは人間の姿をしております」
「なにいっ!」
数名が叫ぶ。
いまの俊冬の説明で、件なる妖怪のことを思いだした。たしか、幕末時分に発見され、姿かたちやシチュエーションをかえつつ、戦後まで語り継がれていたはず。「口裂け女」などとおなじように、都市伝説っぽいものだったかと記憶している。
件は数日で死んでしまうが、その間に予言し、その予言はかならず当たるという。ノストラダムスの大予言もびっくりな妖怪である。
「さようですか・・・。わたしの式神に間違いはないのですが・・・」
俊冬は、こんなはずじゃなかった感満載で嘆息する。
「昼間は幼女の姿をしておりますが、暮れ六つ(18時)をすぎると男の姿へかわります。そうなれば、もう人間の手には負えませぬ」
すでに暮れ六つをすぎている。
男たちの影で、たがいに相貌をみまわしているのがみてとれる。
「そ、それで、男になったら、どうなるのだ?」
代表者の声が、ますます怯えたものになっている。ほかの男が、ごくりと唾を呑む音が、雨音よりも高く響く。
「それは、きまっておりましょう・・・」
俊冬の笑いを含んだ声に、「ぎゃーっ!」という天地を揺るがすような悲鳴がかぶる。
小屋のうちからである。複数の甲高い悲鳴が雨音を完全に消し去ってしまう。
「ひいいいいいっ」
小屋の入り口にいるトリオも、小屋のうちを振り向き、悲鳴を発しだす。
なんと、うち二人は腰を抜かしたようだ。それでも、逃げようという本能が働いているのか、尻もちついた姿勢のまま、ずりずりと雨のなかへと這いだしてくる。
そのタイミングで、式神狼鬼、つまり、相棒がうなりはじめる。
「でたなっ、件っ!ここであったが百年目。たま導師が、見事封じ込めてやる」
俊冬のキメ台詞。相棒のうなり声が、ますますおおきく激しくなる。
小屋の物置から、俊春が姿をあらわしたにちがいない。
気の毒に。誘拐犯たちは、大パニックになっている。悲鳴や神に助けを求める声が、途切れることなくつづいている。
人数分の声がないことから、失神している者もいるかもしれない。あるいは、フリーズしたり、真っ白になっているのかも。
人間は、とかく未知なるものに恐怖を抱きやすい。「鬼の副長」や「死に損ね左之助」とふたつ名をもつ副長や原田ですら、幽霊が怖いのである。
現代のように、いろんな創作や情報に慣れているわけではない。魑魅魍魎や神がかり的なものに、恐懼するのも当然のことといえば当然であろう。




