表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

595/1255

妖怪と導師と式神

「あいつら・・・。飽きさせねぇよ、ったく」


 副長も苦笑している。


「祓い屋?」


 男たちの疑心暗鬼の声がきこえる。そりゃあそうだろう。突拍子なさすぎる。


 が、俊冬の切羽詰まった声と内容に、ようやく戸をひらけた。


 戸口に、三名立っている。その奥はみえない。囲炉裏で火を焚いているのだろう。それをバックにしているので、三人の姿は陰になっており、恰好まではよくみえない。


「わたしは、たま導師。陰陽師くずれの祓い屋でございます。こちらは、わたしの式神の狼鬼でございます」


 たま導師?なんか、それっぽい。それに、相棒は、とうとう狼鬼っていう式神になってしまってる。

 それこそ、漫画にでてきそうで、めっちゃかっこいい。


「式神?」


 男たちが一斉に叫んでいる。それから、おれたちはいっせいにつぶやいてしまう。


 ってか、式神って創作の世界のものかと思っていた。有名どころでは、役小角えんのおづのが使役した「前鬼・後鬼」や、安倍晴明あべのせいめいが使役した「十二神将」である。


 創作における呪法の一つなのだと思っていた。かっこいいなー、なんて漫画をよんだりしていたが、マジだったんだ。

 もちろん、相棒はリアルには犬だし、一枚の和紙から呼びだされたものではないが。

 そういう術は、存在しているんだ。


 俊冬の前世が安倍晴明であったとしても、納得してしまうだろう。


 脳裏に、なにゆえか「帝都O語」が浮かぶ。系統はじゃっかん異なるが、主人公の魔人加藤(かとう)も、俊冬とおなじ「関の孫六」を所持する剣の達人である。


「でっ、その祓い屋が、なに用だ?」


 そんなことを考えていると、代表者の応じる声がきこえてきた。


 この突拍子のない訪問者の出現に、疑惑というよりかは怖れを抱いているらしい。

 声が、かすかに震えている。


「狼鬼が、このあたりにくだんのにおいを嗅いだようでございます。わたしは、その件を追っておりまして・・・」

「件?」


 男たちがトリオる。


「ご存じありませぬか?いまより五十年ほどまえ、越中国は立山というところにあらわれし、妖怪もののけでございます。ここ数年の血なまぐさい世に、日の本のいたるところに跋扈しております。わたしは、退治するのに日の本全土を行脚してまいっております」

「そ、それは大変だな」


 代表者は、律儀である。ちゃんと、いたわるところが笑ってしまう。


「それで、その件という妖怪もののけが、このあたりにおると?」

「はい、さようでございます。狼鬼は件のにおいを追うために、わたしが調伏せし式神。間違いございません」


 三人はもとより、小屋内のほかの男たちのどよめきもきこえてくる。


「ここには、わたしたちしかおらぬ。妖怪もののけなど・・・」

「件の誠の姿は、人面で体躯は牛でございます。が、ふだんは幼女に化けたり、若い男に化けたりと、たいていは人間ひとの姿をしております」

「なにいっ!」


 数名が叫ぶ。


 いまの俊冬の説明で、件なる妖怪もののけのことを思いだした。たしか、幕末時分(ころ)に発見され、姿かたちやシチュエーションをかえつつ、戦後まで語り継がれていたはず。「口裂け女」などとおなじように、都市伝説っぽいものだったかと記憶している。

 件は数日で死んでしまうが、その間に予言し、その予言はかならず当たるという。ノストラダムスの大予言もびっくりな妖怪もののけである。


「さようですか・・・。わたしの式神に間違いはないのですが・・・」


 俊冬は、こんなはずじゃなかった感満載で嘆息する。


「昼間は幼女の姿をしておりますが、暮れ六つ(18時)をすぎると男の姿へかわります。そうなれば、もう人間ひとの手には負えませぬ」


 すでに暮れ六つをすぎている。


 男たちの影で、たがいに相貌かおをみまわしているのがみてとれる。


「そ、それで、男になったら、どうなるのだ?」


 代表者の声が、ますます怯えたものになっている。ほかの男が、ごくりと唾を呑む音が、雨音よりも高く響く。


「それは、きまっておりましょう・・・」


 俊冬の笑いを含んだ声に、「ぎゃーっ!」という天地を揺るがすような悲鳴がかぶる。


 小屋のうちからである。複数の甲高い悲鳴が雨音を完全に消し去ってしまう。


「ひいいいいいっ」


 小屋の入り口にいるトリオも、小屋のうちを振り向き、悲鳴を発しだす。


 なんと、うち二人は腰を抜かしたようだ。それでも、逃げようという本能が働いているのか、尻もちついた姿勢のまま、ずりずりと雨のなかへと這いだしてくる。


 そのタイミングで、式神狼鬼、つまり、相棒がうなりはじめる。


「でたなっ、件っ!ここであったが百年目。たま導師が、見事封じ込めてやる」


 俊冬のキメ台詞。相棒のうなり声が、ますますおおきく激しくなる。


 小屋の物置から、俊春が姿をあらわしたにちがいない。


 気の毒に。誘拐犯たちは、大パニックになっている。悲鳴や神に助けを求める声が、途切れることなくつづいている。

 人数分の声がないことから、失神している者もいるかもしれない。あるいは、フリーズしたり、真っ白になっているのかも。


 人間ひとは、とかく未知なるものに恐怖を抱きやすい。「鬼の副長」や「死に損ね左之助」とふたつ名をもつ副長や原田ですら、幽霊が怖いのである。


 現代のように、いろんな創作や情報に慣れているわけではない。魑魅魍魎や神がかり的なものに、恐懼するのも当然のことといえば当然であろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ