女児救出
「主計。そうやっかむな」
「やっかんでませんよ、副長。ちょっと声をかけてほしかっただけです」
「それが、やっかんでるっていうんだよ」
副長の苦笑。斎藤や蟻通、隊士たちもにやにや笑っている。
が、すぐにその笑みもひっこんでしまう。
双子のお蔭で、女児の安否だけでなく、すべての事情があかるみになった。
この後、どう対処するか・・・。
相棒も含めた全員が、副長に注目する。
「女児を人質に、金子を奪うだと?」
副長の声は、雨音をものともせず不吉に耳を打つ。
「くそっ・・・。こんなことなら、銃をもってくるべきだったな」
「その点にかんしましては、ひとえにわれらの不徳のいたすところでございます。申し訳ございません。とっくの昔に、気づいていなければなりませんでした」
「おいおい俊冬・・・。かように気をはりつめなくてもいい・・・。いまから銃や援軍をまってるときはねぇ。しかも、暗くなってきてる」
「なれば副長。われらにおまかせいただけませぬか?」
俊冬の申し出に、副長はしばし思案する。
「餓鬼に、かすり傷一つ負わすな」
「はっ。連中にも、でしょうか?」
「それはあずかりしらぬこった。餓鬼をかっさらうってところが気に入らねぇ。が、一応は味方なんだろう?まっ、おまえの判断に任せる」
「承知」
俊冬はおおきくうなずくと、女児の両親にやわらかい笑みを浮かべてみせる。
「とてもかわいらしく、なにより勇気があって気丈なお嬢さんでございます。小屋の奥にある物置のなかで、怖くても涙をこらえ、助けをまっております。飴細工をつくったわれらが、助けにまいることに気がついております。こちらで、しばしおまちを。かならずや、無事に救いだしますゆえ」
「お願いいたします」
女児の父親が、深々と頭を下げ、母親は涙にむせびつつも頭を下げる。
ということは、双子はすでに、なんらかの方法で女児にコンタクトをとったわけだ。
「ぽち」
俊冬は、弟へ横顔をみせると親指を下へ向けて合図を送った。
「はっ」
そして、俊春の姿が雨しずくのなかに消えた。
「おや・・・。ともにまいりたい、と?」
俊冬が小屋へ向かおうと踵を返すと、お座りしている相棒が尻尾を盛大にふりはじめた。つぶらな瞳が、俊冬になにかを訴えている。
「われらの穢れ仕事などみたところで、面白くもなんともないぞ・・・。かような瞳でみるな」
相棒の目力に、さしもの俊冬も頭ごなしに拒否れないようだ。
「いたしかたなし。主計、よいか?」
「え、ええ。だったら、綱をはずします。相棒、たまの指示にしたがうんだ」
両膝を折ると、俊春メイドの首輪からすばやく綱をはずしてやる。
「ならば、おれたちは窯のところから見物させてもらおう」
副長まで、双子の仕事をみたいなんていいだす。ってか、ぶっちゃけおれもみたいので、斎藤と蟻通とともに、副長についてゆくことにする。
隊士たちに女児の両親を任せ、おれたちは木々の間を窯へと移動する。
俊冬は、相棒を左に従え、堂々と小屋へと向かう。
窯の陰に隠れ、小屋の入り口をそっとみる。
あいかわらず雨は降りつづけているが、その勢いは心もち弱まったように感じられる。
俊冬と相棒は、小屋の引き戸のまえでなにかをまっているかのように、じっとたたずんでいる。
すると、俊冬が四本しか指のないほうの掌をさっと振る。
「みろ。あの娘じゃないのか?」
蟻通がささやく。隊士たちと女児の両親が隠れている林のほうへ、ちいさな影が駆けてゆくのが、雨しずくのなかかろうじてわかる。
「ああ。あの餓鬼だ。ぽちは、はやくも餓鬼を助けだしたってわけか」
苦笑交じりの副長の言葉である。
俊春は、物置から女児を救いだしたわけだ。さすが、リアル忍びである。仕事がはやい。
ときおり、小屋のなかから男たちの声がきこえる。さほどおおきくない小屋である。しばらくまえまで、この窯で炭をつくり、小屋で生活していたのである。せいぜい、親子三人か四人で、ほそぼそと生活していたのだろう。
そこに、十名もいるのである。さぞかし狭いことであろう。
小屋のまえにたたずむ俊冬は、女児が林のなかに駆けてゆくのを見届けてから、小屋の引き戸を音高く叩く。
「夜分、申し訳ない」
俊冬は、雨音と小屋のなかからきこえてくる男たちの声に負けじと叫ぶ。
雨音と自分たちの声のせいできこえないのか、俊冬は幾度も戸をたたき、呼びかけねばならなかった。 それでも、幾度目かにようやく、なかがしんと静まり返った。
警戒しているのも当然のこと。なにせ、女児連れ去り犯なのだから。いいや、ぶっちゃけ、誘拐犯なのだから。
なかで、仲間同士で「どうする?」と目顔で探りあっているだろう。
「だれだ?」
ややあって、くぐもった声がなかからきこえてきた。
「旅の祓い屋でございます。この地に巣食う妖怪を追い、これへまいりました。急な話で申しわけありませぬ。急ぎ、ききたきことがありますゆえ、開けてくれませぬか?」
俊冬は、声をおおきくする。
「祓い屋?」
斎藤がつぶやき、おれたちはおたがいの相貌をみあわせた。
おれも含め、その相貌にはにやにや笑いが浮かんでいる。
これはきっと、俊冬の奇想天外な策であることはいうまでもない。




